とあるお寺にて(東北地方) | コワイハナシ47

とあるお寺にて(東北地方)

三浦さんという人物がいる。

彼の性格は穏やかかつ寡黙で、必要なとき以外は滅多に喋らない。

希に重みのある言葉を発する人物として周囲に認知されているが、彼の少年時代は全く異なっていたそうだ。

彼は、東北の田舎町で生まれ育った。

物心付いた頃からのべつ幕なしに喋りまくり、「口から先に生まれた子」と揶揄されるほど周囲を辟易させていた。

少年時代は非常にやんちゃかつリーダー格であり、周りの子供達と一緒になってはいつも悪さをしていた。

悪さといってもそのほとんどは悪意のない子供らしい悪戯であったが、たまに被害に遭った家から苦情が来たりする。

その度に三浦さんの両親は平身低頭してその家に謝りに行き、彼もまたこっぴどく叱責されるのが常だった。

そんな三浦さんであったが、家にいるときには家業の蕎麦屋を手伝って、両親を喜ばせたりもしていた。

あるとき、父親が蕎麦の配達で近所の寺に行くことになった。

いつもは岡持の付いた原付バイクで配達していたが、今回は注文された量が多過ぎて自動車でなければ運べない。

三浦さんも手伝いに駆り出され、助手席へと乗り込んだ。

広い駐車場の一角に車を駐めると、蕎麦を二人がかりで玄関先へと運んでいった。

漸く運び終えて玄関先で住職から代金を頂戴したところ、三浦さんは感嘆の声を上げた。

「父ちゃん、お寺って広いなあ……」

広いのは駐車場だけではない。大きな広間が玄関の奥に垣間見える。

初めて見る寺の規模に驚いて、彼は思わず溜息を漏らした。

「あれれっ、オメエ来たことがながったっけが!」

「うん、初めで来た」

まるでお上りさんの如くキョロキョロと辺りに視線を泳がせながら、父親に答えた。

「そつけに気に入っだなら、暫く見てきたらどうだべ」

一見強面風の住職が優しく声を掛けてくれ、三浦さんは喜んでは見たものの、ここはひとまず父親の顔色を窺うことにした。

「お父さんはお茶でも飲んで待ってればいいべ」

「んじゃ、そうすっか。オレはお茶をいただくから、オメエは見学させてもらえ」

そう言いつつ、彼の父親は袈裟を着たお坊さんに向かってペコリと頭を下げた。

「こごには池もあっからな。良っぐ見せてもらえ」

「ありがとうございます!」

大きな声で住職にお礼をすると、三浦さんは広間に向かって歩き始めた。

誰もいない大広間は、見事なまでの静寂に包まれている。

これだけの広さにも拘わらず、隅々まで掃除が行き届いており、広間に塵ちり一つ見当たらない。

高い天井に目を向けると、かつて雨漏りでもしたことがあったのか、所々染みができている。

しかしその染みが良い意味で味を出しており、彼も子供心にその渋い天井に感心した。

床の板の間はヒンヤリとしており、足の裏を通して心地良い感触が伝わってくる。

庭へと通じるらしい大きな扉を開け放つと、先程までの静寂が嘘のように消え失せた。

目の前には小さな池があって、それを囲むかのように立派な大木が数本立ち並んでいる。

ニイニイゼミの上品で控えめな鳴き声が絶え間なく聞こえており、池の中では小振りな錦鯉が優雅に泳いでいた。

差し込む陽の光が木々の葉や水面に反射して、煌びやかに輝いている。

彼はその光景のあまりの美しさに目を奪われ、暫くの間その場に立ち尽くしていた。

「おい、坊主!」

不意に後ろから呼び掛けられ、右肩をポンと叩かれた。

誰かがいるとは思ってもみなかった三浦さんは酷く驚き、すぐさま振り向いた。

しかし、誰もいない。

視線を隅々まで移動させて悉に確認してみるが、大広間には人の気配は全くなかった。

小首を傾げながら、彼は再び庭へ顔を向ける。

「おい、坊主!」

右肩を叩かれると同時に、先程の呼び声がまたしても聞こえてきた。

すぐに振り返るが、やはり大広間には誰もいない。

〈こんなイタズラしてんの、一体誰だろう?〉

声質から判断するに若い男性のようだ。小学生の彼をからかっているのであろうか。

三浦さんは少々考えて、今度は呼び掛けに応じないことに決めた。

「おい、坊主!」

彼は何も聞こえない振りをしながら、水面を賑わせる錦鯉を黙って見続ける。

右肩を叩かれる感触とともにその呼び掛けは幾度か試みられたが、彼は一切応じなかった。

「おいっ!おいっ、坊主!」

彼の無反応に業を煮やしたのか、呼び掛ける語気は荒くなり、今度は後頭部をパシンと叩かれた。

「なんだよっっ!」

後頭部を叩かれて流石に憤ったのか、三浦さんは我慢し切れずに振り返った。

しかし、目前の光景に何の変化も見当たらない。

またか──と、げっそりしながら何げなく視線を天井に向ける。

「わっっっっ!」

三浦さんはあまりの光景に、思わず悲鳴を上げてしまった。

そしてその状態のまま、大きく目を見開き、身動ぎ一つできない。

天井の光景は、先程とは明らかに一変していた。

染みが混じった渋い天井は、いつの間にか酒瓶や煙草の吸い殻だらけになっているではないか。

それらゴミの類が天井に張り付いており、今にも床に落ちてきそうで落ちてこない。

そしてそのゴミに囲まれるようにして、坊主頭の若い男の人が大の字になって上面に張り付いていた。

瞼を固く閉じて、口元は真一文字にしっかりと結ばれている。

衣服の類は一切身に纏っておらず、首と両手首にはギザギザの傷が深く刻まれている。

そこから流れ出したであろう血が残した、幾筋もの痕跡が身体中にこびり付いていた。

しかし何よりも彼の目に焼き付いたのは、てらてらと不気味に輝く、喉元に突き刺さった短刀のような血塗れの刃物であった。

全身が一気に熱を帯び、三浦さんは極度の頭痛を催した。

早くこの場から逃げてしまいたかったが、身体の自由が全く利かない。

金槌で頭を叩かれたような痛みが次々に押し寄せ、彼の目に映る光景が朧になってくる。

〈ああ、何かヤバイかも〉

まるで警告するかのように絶え間なく襲い掛かる頭痛と必死に闘いながら、彼はどうにかして逃げようと懸命に藻掻き続ける。

そのとき、天井に張り付いた坊主頭の瞼がカッと見開いた。

睨め付けるもの全てを怨おん嗟さするかのような物凄い迫力に、彼は心の底から怯えた。

口元が不気味に、そして緩慢に動く。

「お、い、ぼ、う、ず。お、い、ぼ、う、ず」

その言葉に併せて、喉元に突き刺さった短刀が微動する。

それとほぼ同時に、池の鯉が水面を飛び跳ねた。

そのことがきっかけになったのか、身体の自由を取り戻した彼は、全速力で父親の元へと走り寄る。

「ど、どおちゃんっっっっ!だ、だ、だすけてっっっっ!」

住職と世間話をしながらお茶を飲んでいた父親のところに、いきなり駆け込んできた息子の様子は尋常ではなかった。

息子の顔面は涙と鼻水だらけになっており、何事かを必死に説くがまるで要領を得ず、父親には一向に理解できない。

「ほれっ!ちびっと落ち着け!」

冷めたお茶を半ば強引に喉まで流し込まれ、三浦さんは噎せてしまった。

だがそれで落ち着くことができたらしく、彼は先程の体験を二人に説明した。

息子の話を話半分に聞いている父親と違って、住職は何か心当たりがあったらしく神妙な面持ちになっている。

息も絶え絶えになりながら語り終えると、住職は深い溜息を一つ吐きながら、三浦さんの頭を強く撫でつつ言った。

「うん、うん。良っぐ分がったからな。もう大丈夫だがらな」

何事かの事情を察したのか、父親も納得したらしい。

住職に深々と頭を下げてから、息子の手をしっかりと握って寺を辞した。

帰りの車内では、二人とも押し黙ったままだった。

父親は何事かを知っているらしかったが、三浦さんは何故か訊ねることができない。

〈何でだろう。言葉が上手く出てこない〉

訊きたくても訊けない苛立ちを感じながら、彼は運転中の父親の顔を黙って見つめている。

息子の考えが理解できたのか、父親は漸く口を開いた。

「大分、前になっけどな……」

現在の住職は次男で、実は兄がいたらしい。

彼は後継者にも拘わらず放ほう蕩とうの限りを尽くし、結局は大広間で自らの命を絶ったとのことである。

しかし、何でその彼が天井に張り付いていたのであろうか。

疑問をぶつけると、父は首を左右に振りながら答えた。

「そんなごとがあってから、あそこはすぐに改修したみてえだからな」

それきり、父親の言葉は続かなかった。

以来、三浦さんの饒舌さはすっかりと影を潜めた。

頭に浮かんだことを話そうとはするのだが、何故か言葉が上手く出てこない。

心配した両親は彼を大きな病院に連れて行った。

見たこともないような機械で精密検査をしてもらったが、何ら異常は発見できなかった。

それがきっかけになってすっかり大人しくなった三浦さんは、部屋で勉強したり本を読むことが好きな少年になってしまう。

以前のように近所の悪ガキを先導しては悪さばかりするようなことは一切なくなった。

日々学校の成績が良くなっていく息子を、両親は何処か誇らしそうにしていたという。

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