マンションの子供(東京都) | コワイハナシ47

マンションの子供(東京都)

マンションの子供その一(東京都)

以前、原田さんは都内で不動産関係の仕事に就いていた。

その会社では、主にマンションの販売と維持管理を請け負っていたという。

ある日、担当している九階建てマンションの管理人室を訪れた。

そこで管理人との打ち合わせを終え、帰社しようかと部屋を出たが、ふとタバコが吸いたくなってエレベーターで屋上へ赴いた。

一服がてら、屋上の状態を確認しておこうと思いついたのである。

穏やかな小春日和の中、屋上の手摺りに寄り掛かって、のんびりと景色を眺めた。

屋上には不備もなく、〈一本吸ったら帰るか〉と思った──そのときだ。

マンションの非常階段から、けたたましい笑い声が聞こえてきたのだという。

どうやら数人の子供が、下の階ではしゃいでいるようだった。

〈事故でも起こされたら厄介だな〉

原田さんは非常階段を覗き込み、「おーい、ここで遊んじゃだめだ」と声を掛けた。

だが返事はなく、子供のふざけ合う笑い声が止むことはなかった。

「子供の遊びを邪魔するのもなんだけど、問題が起こって管理責任を問われるのはこっちだからね。そうなる前に、叱っておこうかと思ってさ」

やむなく、非常階段を下りることにした。

すると、彼の歩調に合わせたかのように、子供たちの騒ぎ声も階下へと下りていく。

非常階段の隙間からは、ちらちらと子供服が覗いていた。

意外とすばしっこい子供たちで、中々近づくことができなかった。

そうしているうちに、原田さんは子供たちの姿を見失ったのだという。

「あいつら、建屋に入ったのかな?」

五階の非常ドアから建屋の廊下に入ったが、人のいる気配はなかった。

逃げられたかと諦め、非常階段に戻ると──頭上で子供の笑い声が沸いた。

「さすがに腹が立ってね。いかにも大人を小馬鹿にした笑い方でさ」

原田さんは携帯で管理人に電話を掛けて、〈悪いけど、屋上に上がって待機していて欲しい〉と頼んだ。

そして頃合いを見計らい、五階から屋上へと一気に駆け上がったのだという。

これなら、挟み撃ちで子供たちを一網打尽にできると考えたのだ。

しかし、またもや途中で子供たちを見失い、いつの間にか管理人が待っている屋上に着いてしまった。

「あれぇ、おかしいなぁ」今度も、まんまと子供たちに逃げられてしまったようだ。

管理人は、黙ったまま非常階段を見下ろしている。

やがて、再び階下から子供たちの笑い声が聞え始めた。

「くそ、今度こそ捕まえて……」

原田さんが、再び非常階段を下りようとして──管理人に肩を掴まれた。

「無駄ですよ。お止めなさい」

「えっ、でも、あいつらを叱らないと……」

管理人は、厳しい表情でゆっくりと首を振った。

「私も前に、追い駆けたことがあるんですよ。何度もね。でも、近づくことができなくて……雨の日だったかな。足を滑らせて怪我をしてから、もう諦めたんですよ」

そう言うと、管理人は屋上の出入り口へと戻ってしまった。

別れ際、「あの子たちの声、ここの住人には聞こえてないみたいですよ。きっと、部外者にしか聞こえないんでしょう」と呟いた。

原田さんは気味が悪くなり、そのままマンションを後にしたという。

マンションの子供その二(東京都)

原田さんがマンションで子供を追い駆けた、数年後の話だ。

当時、原田さんには交際している女性がいたそうだ。

付き合い始めてほぼ一年、彼は真剣に結婚を考えていたという。

「お互いに、気持ちが通じていたとは思うんだよ……いつプロポーズを口にしようかって、そのタイミングだけを考えていて」

ある日、彼女から「両親が会いたいって言っているんだけど」と切り出された。

そろそろケジメをと、原田さんは彼女のマンションを訪れる決心した。

「それがさぁ、彼女の家、都内の一等地にある高層マンションだったんだよ。実家が資産家だとは聞いていたんだけど、まさか億ションに住んでいるとはね」

迎えに出てくれた彼女に促され、マンションの玄関を潜くぐった。

惜しげもなく大理石を使った、高級ホテル並みのエントランスだったという。

廊下は、爪先が沈むほどの毛足の長い絨毯に覆われていた。

うちの会社のマンションとは大違いだと、苦笑いを止めることができなかった。

──そのとき、けたたましい笑い声が、エントランス中に響いたという。

どこで騒いでいるのかわからなかったが、数人の子供の声だった。

「こんな高級なマンションでも、子供は騒がしいもんだね」と、何気なく聞いた。

だが、彼女からの返事はなかったという。

数時間後、両親との歓談を終え、原田さんは彼女の実家を辞去した。

終始穏やかな雰囲気ではあったが、別段引き留められもせず、思っていたよりも、あっさりとした初顔合わせだった。

「もっとも、こっちは緊張しっぱなしで、何を話したかなんて覚えてないけどね」

見送りに、彼女も一緒にエレベーターを降りてくれた。

するとその途中、再びどこからか子供たちの笑い声が聞えてきた。

「ここの子供は、割と遅くまで遊んでいるんだね」と、再び何気なく聞いた。

すると彼女は、「さっきもそんなこと言っていたけど、何の話なの?子供の声なんて聞こえないでしょ。もっと、しっかりしてよ」と、にべもなく否定された。

理由はわからないが、彼女のその言葉に〈今まで気がつかなかった、嫌味な感じ〉を覚えたという。

「結局、暫くしてその彼女とは別れたよ。急に彼女の嫌な部分が鼻につくようになっちゃてね……ただ、だいぶ経ってから、以前担当したマンションの管理人の言葉を思い出したんだ。『あの子供たちの声は、住人には聞こえていない』ってさ」

──きっとアイツら、俺がそこの住人にならないって、知っていたんじゃないかな。

そう言うと、原田さんは口の端を歪めた。

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