A子さんは幼い頃、世田谷区の大きな邸宅に住んでいた。
ある日ばあやが屋上で洗濯物を干すのを手伝っていたが、そこから隣の木造のアパートが見える。見るともなく眺めていると、A子さんはその一階の右端の部屋に不思議な光景を見た。
部屋のなかにお稲荷さんにあるような石造りの狐が四匹いる。部屋の真ん中に卓袱ちやぶ台だいがあって、それを囲んで二匹は子供、二匹は大人のようだ。それが立ち上がって茶碗を持って卓袱台に運んだり奥の部屋へ入ったりしている。たまに四本脚になって歩くこともあったという。子供の狐は、表情までは見えなかったが、嬉うれしそうにご飯を待っているという感じだった。
その狐はどう見ても石造りの狐で、ツルッとした光沢があった。服は着ていなかったらしい。部屋の中には卓袱台の他に食器棚のようなものも見えた。
「ばあや、ばあや」と袖そでを引っ張り、
「ほら、あそこにお狐様が住んでるよ」
と知らせるが、ばあやにはそれが見えないのか、
「そんなものどこにもいませんよ」
と素っ気ない。
そのうち洗濯物も干し終わって屋上から下りたが、それまでA子さんはずっとその狐の家族の様子を見ていたそうだ。
しばらくしてその木造のアパートは取り壊されてしまったが、その家族を見たのはそれ一度きりだったという。