和室?それとも洋室?(京都府) | コワイハナシ47

和室?それとも洋室?(京都府)

突然、なぜか無性に仏像が見たくなった。

三年前の、五月のことです。真夏のように、暑い日のことでした。

僕は、今まで一度もそんなことを思ったことはなかったのです。

仏像どころか、骨董品や美術品、絵や彫刻のたぐいさえ、まったく興味がなかったのに。

なぜ、急にそんな気持ちになったのか……。

いまでも、よくわからない。ただ、あの時は自分の気持ちを押し止めることができませんでした。

(仏像が見たい)

もう、いてもたってもいられなかったんです。

(仏像が見たい)

ジッとしていられなかった。

(仏像が見たい!どうしても見たい!いますぐ見たい!)

一口に仏像と言っても、いろいろあります。でも、そんなことはどうだってよかった。

(とにかく、仏像が見たいのだ!)

なんの前触れもなく、突然、心の底から込み上った、熱い、熱い、マグマのようなものを、僕はどうすることもできなかったのです。

仏像と言えば、奈良だろう。

僕は靴をはき、そのまま家を飛び出しました。

途中、銀行に寄りました。

時刻表とガイドブックを買って、それを見ながら東京駅へ向かいました。

(新幹線で、まず京都へ行こう。少しでも早く着くためには『ひかり』じゃダメだ。『のぞみ』でなければ……)

京都駅に着くと、JRの在来線に乗り越え、四〇分ほどで奈良駅に着きました。まだ、昼前でした。

(速い。さすが『のぞみ』だ。高いだけのことはある。『ひかり』号よりもだいぶ早く着くことができたじゃないか!)

雑然とした駅のホームを駆け抜けて、駅前のバスロータリーですぐにガイドブックを開きました。

まずは、東大寺。大仏殿だ。なんと言っても、東大寺の大仏は、仏像のチャンピオンだからです。高さ一五メートル、重さ四五二トンの国宝。

(よし、急がねば。少しでも早く着くためにはバスじゃだめだ)

僕は通りに飛び出すと、両手を上げた。

キキィ――――ッ!

急ブレーキの音がして、タクシーが止まりました。

大仏殿を見物したあと、待たせておいたタクシーで今度は三月堂へ向かいます。ここには、高さ三・六メートルの観音像がある。さすがに、気品が漂う。梵天、帝釈、などの四天王もいる。

そして、つぎは法隆寺。

さらには、薬師寺大講堂の薬師如来だ。

中宮寺の弥勒菩薩。

続いて、西大寺の愛染明王……。

僕は狂ったように走り回り、見て回りました。

片っ端から見てまわったんです。

鹿もたくさんいたけど、鹿煎せん餅べいを買う気にはなれなかった。鹿と遊ぶ暇は、今の僕にはない!

(そうだ、京都へ戻ろう)

ある時、僕は思いたちました。

奈良の仏像は、もう、だいたい見てまわった。

古都、京都にもたくさん仏像があると、ガイドブックには書いてある。

(そうだ、京都へ行こう。まずは三十三間堂あたりから見てまわろう)

僕はタクシーを降りると、お釣りも受け取らずに、ふたたび奈良駅のホームに飛び込んだんです。

近鉄奈良線に乗って、京都駅に着く頃には、すでに日が暮れかけていました。西の空はどんよりと曇り、血色のような赤に染まって、どこか不気味だったのを覚えています。

山寺の鐘が鳴り響く。

遠くの山裾では、カラスが、

「カァー、カァー」

と、わびしげな声をあげていました。

ふと気がつくと、僕は全身汗びっしょりでした。

少し風が出ている。

「ブルッ!」

寒さに、鳥肌がたちました。

マズイ。このままでは、風邪を引いてしまう。僕は、両手で体をかきむしるような素振りをしました。

(風邪を引いてしまえば、もうこれ以上、仏像を見られなくなってしまう。今日はもうやめにしよう。三十三間堂は明日にして、今日はどこか、泊まるところを探すにことしよう)

さすが、京都は観光地の横綱です。駅前には、しゃれたホテルが建ち並んでいました。

有名なTホテルもある。M旅館の大きな看板も見えた。

(ラッキー。泊まり放題じゃん)

僕は喜び、ホテル巡りをはじめました。

ところが。

いざ、足を運んでみると、どのホテルも旅館も修学旅行の生徒たちでいっぱいで、部屋がないという。入口には、『○○中学校』とか、『××高校ご一行様』と書かれた立札が立っています。

仕方がない。僕は少し歩いて、こじんまりとしたビジネスホテルでも探すことにしました。

見知らぬ京都の町を、二〇分ほどウロウロと歩きまわっていたでしょうか。

やがて、細い坂道をのぼりきった竹数の丘の上に、一軒だけ、ポツンと離れて建っているホテルを見つけました。

白熱灯が、ジジジィ、ジジジィ、と音を立てていましたね。

たくさんの蛾がたかっている。焼け焦げて、必死に羽根をばたつかせて、冷たいコンクリートの上でもがいていました。

フロントには、蝶ネクタイをビシッと決めた、二〇代前半の男が座っていました。

僕は、

「すみません。予約してないんですけど、今日一晩だけシングルの部屋が空いていれば、泊まりたいんですが……」

と声をかけました。

「お一人様、シングルですね。ご用意できます。少々お待ち下さい」

男はそう言うと、なにやらパソコンのようなものを打ち始めた。

(へー、いまどきのビジネスホテルは、全部パソコンで済ますのか)

などと思いながら、その光景をなんとなく見つめていると、

「お客様……?」

ふと、声がかかりました。

振り向くと、いつからいたのでしょう、二七歳くらいの女性が目の前に座っていました。黄色いワンピースのようなものを身につけて、髪を頭の上で小さくひとつにまとめている。

顔はのっぺりとしていて、笑っているようですが、どこか無表情でした。暗く、冷たい感じがしましたね。

着ている物もラフな感じだし、

(この人、本当にここのホテルの人なのかな?)

と思ったくらいです。

「お客様、うちでは洋室の他に、和室も三部屋ほどご用意しております」

「和室?」

「はい。いつもなら、このお値段では決してお泊めしていないのですが、本日に限り、洋室シングルと同じお値段でご提供しております。いかがいたしますか?」

女性は流れるような標準語で言った。

(洋室のシングルは、本当に狭くて、ベッドも小さい。同じ値段で、いつもならもっと高い、和室に泊まれるのなら、ラッキーだ)

僕は、

「じゃあ、和室の方をお願いします」

と言った。

キーを渡され、部屋に入る。

たしかに品のよい和室ではあるんですけど、一瞬、ムワッと焦げくさい臭いがしました。室温も、暑いものを感じる。

(きょうは、夏日で気温も暑かったからな。昼間の熱がこもっているのだろう)

僕はそう思い、エアコンの冷房を『弱』から『強』に変えました。

風呂を出て、冷蔵庫の缶ビールを取り出し、飲みました。浴衣に着替えて布団を敷くと、急に眠気に襲われ、ゴロンと仰向けに横になります。

(ん?)

ふと天井を見上げると、半分ほどが黒くなっていました。

なにか、燃えたような、煤けたような、焦げたような……。

(なんだろう?この部屋で、ボヤでもあったのかな)

そのうち、その模様がだんだんと、女の形に見えてきました。

全身、黒こげの女。

それが、ゆっくりと動き出す。

(はっ!)

もがいているように、ゆっくり、ゆっくり、動き出したんです。

(あっ、うっ……、くう)

脇の下から、汗がジットリと出てきて、のどの横で血管が、

ドックン、ドックン……!

と脈打ちました。

(ぶぅ、ばっ!)

その時、ギューウウウウウと、臓腑を内側から締めつけられるような感覚が襲いました。

(き、き、きたー!金縛りだ)

グッ、グッ、グッ、ドバァ――――!

(やっべぇ。う、動けねぇ……)

全身、真っ黒の女の影は、ゆっくりと、ゆっくりと、こちらに向かって天井を這って下りてきます。

その顔が、ニターッ、と笑った。

(ううう、うう、う、苦しい。息ができない。息ができない。息が!息が!)

それから、何時間が経過したのでしょう。

僕は、

「ひそひそひそひそ……」

なにか笑い声のような、若い女の声で目が覚めました。

(ああ。いつの間にか寝てしまったんだろう)

私は聞き耳をたてた。

(どこで話しているんだろうか。廊下かな。それにしても、随分と若い。中学生かな。高校生かな。随分と楽しそうだな。このホテルにも、修学旅行中の学生が泊まっているのかな)

デジタル時計は、四時四四分。

その時、枕元で電話がけたたましく鳴ったんです。

ジ――――ン!ジ――――ン!ジ――――ン!

(はっ)

私はびっくりして跳ね起きた。

喉から、心臓が飛び出しそうになった。

あわてて受話器を取ると、

「もしもし?」

と、うわずった声で言った。

すると、受話器の向こう側から、女の声で、

「お客様、うちには洋室の他にも、和室も、三部屋ほどご用意してあります。いつもなら、このお値段では決してお泊めしていないのですが、本日に限り、洋室シングルと同じお値段でご提供しております。いかが致しますか?ガチャン!」

フロントにいた、あの女の声でした。

なにを言っているのだろう。

和室に泊まっているじゃねえか。なにかの間違いだろう。

腹が立った。

しばらく、黒い受話器をにらみつけていました。

そのうち瞼が重くなり、殴りつけるように受話器を下ろすと、寝てしまいました。

そして、夢を見たのです。

あたり一面、なんでしょうかねえ、もうもうと黒いものが立ちのぼっているんです。

煙だ。

真っ白い煙。茶色い煙。炎がまざった煙。黒い煙。煙だ。

あとからあとから、噴き上げてきている。

(火事だ!)

僕は必死に叫ぼうとしましたが、喉に小石が詰まったようで、声が出ない。

そのうち、煙の中を黒い人影が走り抜けました。

女性のようです。

ふたり、いやもうひとり。三人だ。

なにか、もがき苦しみながら叫んでいたが、僕にはなにも聞こえません。

ただ、それをジッと見つめているしかなった……。

熱い。

熱くなってきた。

すごく熱い。

息が苦しい。

また、息が苦しくなってきた。

熱い。

吸う息が熱い。肺が焼かれる。

熱い。助けて、お願い……、誰か助けてくれ……。

「ハッ」

その時、目が覚めました。

すでに朝になっていました。

「夢か……、いやな夢だったな」

見ると、全身、汗でびっしょりになっている。

それにしても暑い。

なんたる暑さだ。

エアコンを見ると、信じがたいことですが、スイッチが暖房に切り替わっています。

しかも、『強』になっている。

暑いわけです。だが、おかしい。

夕べはそんなことなかった。

まったく気持ちの悪い部屋です。

そして、つぎの瞬間、僕は愕然としました。

とうとう、気が狂ったのかと思ったぐらいです。

泣きたくなりました。

ベッドにいるのです。

正確には、ベッドに横たわっていたんです。

昨日は、たしかに布団を敷いた……。

なのに、部屋は見たこともない洋室で、俺は小さなシングルベッドに横になっているのです。

「たしかに僕は、和室にいたはずなのに……」

そう言って、額に手を当てる。

玉のような汗が噴き出ていました。

気持ちが悪くなり、そーっとベッドを降りて、急いで服を着替えて部屋を出ました。

グニャリ……

なにか、グミのようなものを踏みつけました。

見ると、廊下一面、蛾の死骸だらけ。一部、死に損ないが蠢いています。

ジジジジィ……、ジジ、ジジジィ……

もうこれ以上、こんなホテルにはいられません。

フロントには、昨日の若い男だけが座っていました。

「チェックアウト、お願いします」

僕に和室を勧めた、あの女はいないようです。

ホテルを出て、歩きながらしばらく考えたのですが、なにがなんだかさっぱりわからない。

空は青空。

今日もいい天気です。

さて、どうしようか。

せっかくここまでやって来たのだから、せめて五百羅漢だけでも見てみるか。

五百羅漢には、何百もの仏像が置かれていると言います。

そして、中にひとつだけ、必ず自分に似た仏像があると言い伝えられていました。

「よし、行ってみるか」

気を取り直して、僕は五百羅漢に行ってみることにしました。

五百羅漢に着いた時には、すでに昼の二時頃をまわっていました。

「なるほど、どれもこれも、なかなかいい表情をしている。仏像と言っても、いろいろあるんだなぁ。さて、僕に似ているのは……」

と、いくつか見ているうちに、

(あっ!)

その仏像を見た瞬間、ゾォオオオッとしました。

背筋が凍りつき、動けなくなったのです。

あの女だ。あの女がいるじゃないか。

フロントにいた、のっぺりとした顔の、あの女だ。

俺に和室を勧めたあの女と、まったく同じ顔をしている……。

その仏像は、こちらを見て、うっすらと笑っていました。

(ぎゃ―――――!)

僕は叫びたい気持ちを必死に押さえ、同時に、京都駅に向かって走りだしていました。

(もういい。もう十分だ。たくさんだ。うちに帰ろう。東京へ帰ろう)

夜。東京のマンションに戻り、シャワーを浴びました。

熱いシャワーで、全身の汗を洗い流しました。

(やっぱり自分の家が一番だ)

そう思うと、少しずつ気持ちが落ち着いてきました。

風呂場を出て、缶ビールの栓を開けました。

玄関のドアから、たまっていた新聞を取りだし、何気なくパラパラとめくって……と、その手がふと止まってしまいました。

こんな記事が載っていたからです。

『北海道のあるホテルで、修学旅行中の女子高校生ふたりが、部屋で死んでいるのが見つかった。内側から鍵が掛けれられ、部屋の一部が黒こげになっていた。

ドアの隙間には、タオルが詰められ、目張りのようなものがしてあった。さらに、マッチの燃えかすが、何本も部屋に散乱していたという。

警察は、事件と事故の両面で、現在も捜査中……』

その新聞記事を読んだ時、僕はすぐにピンときました。

昨日の晩に聞いた若い女の声は、この女子生徒のものだったに違いない。そして、おそらくその部屋も、和室であったのだと……。

僕は受話器を取りました。

手帳を取り出し、深呼吸すると、昨日泊まった京都のホテルの番号を押しました。

プルルルルルッ……。プルルルルルッ……

「はい。○○ホテルですが……?」

間違いない。

聞き覚えのある、あの若い男の声だ。

「あのー、ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」

「はい、なんでしょう」

「そちらのホテルに、修学旅行の学生さんたちは泊まっていますか?」

「えっ、修学旅行ですか?」

「はい」

「……いえ、うちは修学旅行にはご利用いただいておりません。そこまで部屋数がないものですから」

私は勇気を振り絞り、続けて聞いてみた。

「あの~、和室をお願いしたいのですが……」

すると、

「申し訳ございません。私どものホテルはビジネスホテルでして、すべて洋室になっております」

「ひと部屋もないんですか?」

「はぁ、洋室だけとなっております。和室はありません」

(やっぱりそうか)

震える手で、なんとか受話器を置きました。

僕が夜中に聞いた、楽しそうなヒソヒソ声。

あれは、やっぱり北海道で死んだ、ふたりの修学旅行生のものだったのでしょう。そして、フロントで見た、妙に流りゅう暢ちょうな標準語をしゃべるあの女性は、この世のものではないのでしょう。

おそらく、どこか僕の知らないところで、ひとり寂しく頭から灯油をかぶり、焼身自殺でもしたのではないでしょうか。

恨みのこもった声で、必死に誰かの名を泣き叫びながら、真っ黒焦げになりながら、たったひとりでもがきな苦しみながら、死んでいったのでしょう。

僕が見た、和室の天井の黒いシミのようになって。

ところであなた、どちらがお好きですか。

洋室?それとも和室?

僕は和室がいいと思いますよ、和室が。

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