【長編】犬女(京都府) | コワイハナシ47

【長編】犬女(京都府)

ついこの間、リビングに寝ころびながら、テレビをつけて、見ていたんです。

すると、ニュース番組のキャスターが、眉間にしわを寄せながら、凄惨な事件の原稿を読んでいる。

内容は、動物の虐待事件でした。

殺されていたのは、老犬のゴールデンレトリバー。

昔から、動物虐待の事件ほど、胸が悪くなる話はありませんよね。

無抵抗な犬やネコを、金属バットで殴り殺す。あるいは、ガスバーナーで焼き殺す。給食用スプーンの先で、左目をえぐられたネコなんていうのも、いましたよね。

そんな話を聞くたびに、鳥肌がたちます。

そうした行為をする人間には、本当に、良心のかけらもないんでしょう。信じられませんよ、まったく。

で、そのニュースの話ですが、警察の懸命な捜査のかいあって、すでに犯人は捕まっていました。

二一歳ぐらいの男性でした。

番組では、犯行の手口も細かく説明していました。

まずは、ローブで木につなぎ、犬を動けなくしたそうです。

その時点では、犬も自分がまだなにをされるかわかっていなかったんでしょうね。愛くるしくしっぽを振って、

「ハッハッハッ」

と、舌を出して息をしていたと思いますよ。

そこへ、男はいきなりゴルフクラブを振り上げて、メッタ打ちにしたらしいんですよ。

メッタ打ちですよ。

ゴルフクラブが曲がって、折れるぐらいに。犬の体をです。

しかも、ゴルフクラブが折れると、今度はその尖った先で、犬の頭部を突き刺したというから、すごい話です。

血が飛び散って、あたり一面、真っ赤になっていたそうですね。

翌朝、飼い主が犬小屋のゴールデンレトリバーがいなくなっていることに気がついた。それで、あわてて、あちこち探し回っていると、近所の廃屋から、

「ヒュン……、ヒュン……」

と、弱々しい鳴き声が聞こえてくる。

「うちの犬に違いない」

飼い主が廃屋に駆けつけてみると、変わりはて、血だらけになった犬が横たわっていた。

全身の骨は砕かれ、両あごもこなごなだったそうです。

それでも、まだ意識があるのか、飼い主を見て、

「ヒュン、ヒュン」

と鳴くんです。

パタパタと、しっぽを左右に揺りながらね。犬はけなげですから。

そんな状態になっても、大切な飼い主を見つければ、愛情表現を示したんです。

その時の飼い主の気持ち、いったいどんなもんだったんでしょうね。辛かったと思いますよ。怒りと悲しみがいりまじった、複雑な、やるせない気持ちだったでしょうね。昨日まで、あんなに元気に走り回っていた飼い犬が、こんな姿になって、自分を求めて鳴いているんですから。

急いで動物病院に運び込まれ、すぐに手術がはじまったそうです。

手術は、半日以上に及びました。

そのあと、そのゴールデンレトリバーは三日三晩、生き続けたそうですよ。

最後は、飼い主の家族に看取られながら、死んでいったんでしょう。

で、捕まったその男性なんですが、犯行動機を警察に聞かれて、

「ただ、目立ちたかったから」

と答えたそうです。

しかも、翌日の新聞に同じ事件が掲載されていたんで、ちょっと仕事場に持って行って読んだんですよ。

そうしたら、その二一歳の男性の逮捕容疑が、器物損壊と書いてある。

『器物損壊容疑で逮捕』

そう書いてあるんです。嘘じゃないですよ。

(ちょっと待ってよ、なんだよ、そりゃ)

正直、そんな心境でしたね。

人間と同じように生きている犬を、ゴルフクラブでメッタ打ちに殺しといて、逮捕容疑は器物損壊。なんか、変じゃありませんか。変ですよ、絶対。

犬やネコは、人によっては家族同然です。

それを殺されたんですからね。殺人罪を適用したっておかしくないぐらいなんです、被害に遭われたご家族にしてみたらね。

でも、日本の法律ではそれができない。

他人のテーブルを壊したのと同じ、器物損壊の罪なんです。

つまり、これほどの残虐な行為に及んだ男は、被害者が大切にしていたテーブルやイスを、ゴルフクラブで壊したのと同じ罪で警察に捕まったことになります。

それでいて、「動物は大切に」とか、「動物愛護週間です」なんて平気でポスターや宣伝カーで呼びかける。

変わった国なんですよ、日本というのは。

犬と言えば、以前こんな話を耳にしました。

みなさん、〝犬女〟って知っていますか。

犬の習性を持つ、ちょっとスケベな女の話なんですが。

顔も容姿も申し分ない。なのに、

「クンクン」

と鼻を鳴らすんだそうです。

しかも、相当、野性的なんだとか。

ある番組の撮影で、京都へ行った時のことです。

現地で、なかなかハンサムな青年と知りあったんですよ。ロケのエキストラだったんですが、いまどき珍しい気持ちのいい若者でした。なんだか、大学院生として、心理学の勉強をしているとか言っていました。

で、とにかく時間が空いたもんだから、一緒に雑談してたんです。

すると、

「……金造さん、ちょっと、話を聞いてもらってもいいですか」

ふいに、深刻な顔して言ってくる。

(これは、幽霊の話だな)

直感でそう思いましたね。

この頃、そういった相談が多くなりまして、すぐにそれとわかるんですよ。相手の声と表情を見てれば、なんとなくね。

で、話を聞くことにした。

なんでも、彼には、今つき合っている彼女がいるらしくて、半同棲生活を送っているそうなんです。

「かわいいの?」

僕が聞くと、青年は顔を赤らめて、

「……はい」

と頷く。

タレントのM似の、どえらい美人なんだそうです、その娘さんというのが。

目もクリンとしていて、色気もある。色白で、胸は豊満。でも、腰はキュッと締まってほどよくくびれている。容姿は、まったくと言っていいほど、非の打ち所がないそうです。

もっとも、その青年だってけっこうの美男子だ。お似合いのカップルと言ったところなんでしょう。

ただ、彼女はやたらと鼻がよくて、

「クンクン」

と、ところかまわず臭いを嗅ぐ癖があるらしい。

(へー、変わった女もいるもんだ)

その時は、興味本位でそう思いましたよ。

ただ、よくよく話を聞いてみると、変わっているどころじゃないんだ。

ある時、深夜の大学の研究室にひとり残って、青年が論文を書いていた。

すると、四〇過ぎの女の助教授が、差し入れを、持ってきてくれたそうなんです。

「どう、頑張ってる?」

そう聞くもんだから、

「はあ、それなりに」

と、当たり障りのない返事を返したそうです。

「どれどれ、見せてごらんなさい」

女の助教授は、香水をプンプン臭わせていた。

普段、使わない口紅なんかを塗って、ピッタリと、体の線の浮き出た赤いスーツを身につけている。

その助教授、人妻なんですがね、なかなかグラマーだったらしい。胸なんてFカップ以上あって、とても四〇歳を過ぎているとは思えない。しかも、若くて顔のいい学生を食い物にすることで結構評判だったそうですよ。

で、後ろから抱きつかれ、いきなりキスされたらしいんです。

彼が驚いて呆気にとられていると、あごを両手で挟まれ、さらにネバネバした舌が、ニュルッと入ってくる。彼の膝に両股を入れて、クネクネと腰を動かす。スーツの胸をはだけると、なんと、ブラジャーもしていない。白くてやわらかい乳房が、膨れ上がった風船のように飛び出してきたそうですよ。

彼の唇にあてがって、しゃぶるように催促してくるんです。さらに股間にスルッと片手を突っ込み、ズボンのチャックを、

ジジジジィ……

と、下ろしてくる。

キスしながら、彼の股間を、いきなり擦さすりはじめた。

彼も、まだ若いですからね。

「うひょひょひょ」

なんてね、思わずそう叫んでしまったそうですよ。

気持ちよくて、頭が真っ白になってくる。

でも、彼には大事な彼女がいますから、

「す、すみません。放して下さい!」

そう叫ぶと、迫る助教授を振り切って、その夜はどうにか逃げ帰ったらしいんです。

本当に、僕なんかにしてみれば、もったいない話ですよね。

ようやく家にたどり着くと、部屋の明かりがついています。

(あれ、今日は、彼女が家に遊びに来る日だっけ?)

「ただいま」

服装の乱れをただすと、彼は玄関を開けました。

すると、いきなり、

「誰と寝たの?」

と叫んで、目の前に彼女が仁王立ちしている。

「えっ?なんのこと」

彼がキョトンとしていると、

「とぼけないで。女の人とキスしたでしょ」

と言って、体中の臭いを、クンクンと鼻を押しあてて嗅ぐんだそうです。やがて、鼻先が、どんどん下半身のほうへおりてくる。

「お、おい、いい加減にしろって!」

気持ちのいいのを必死に押さえて、彼は叫びました。

「やっぱり、浮気したんだわ」

「してないって!さっきも言ったろ!」

「うそ」

「どうしてわかる」

「臭うもの」

「臭う?」

「ええ」

彼をにらみつけて、彼女は自信たっぷりにそう言いました。

「相手は四〇歳ぐらいの中年女性ね。キスされて、その上……。よっぽど気持ちよかったんでしょうね」

(おいおい、なんで、そんなことまでわかるんだ?)

そう思いながら、しかし、表情には出せません。

「絶対そんなことはしてない!」

と、シラを切ったそうなんです。

こうなったら、男としては、シラを切り続けるしかないですからね。

すると、彼女は歯をむき出しにして、うなるんだそうですよ。

「グルルル―――ッ」

と、獣みたいに。

目を細め、眉間にしわをよせ、首をグルングルンと左右に回す。流れるような彼女の黒髪が、パサッ、パサッ、と肩にかかる。

顔が美しいだけに、かえって不気味です。

「グルルル―――ッ」

この時ばかりは、さすがの彼も、全身に鳥肌が立った、と言っていましたよ。

このようなことがあってから、彼女はたえず彼を監視するようになりました。

たまにひとりでどこか出かけると、帰ってすぐに服の臭いを嗅ぐ。

「クンクン」

と鼻を鳴らしながらね。

で、なにもないと知ると、いつもの彼女に戻るんだそうです。

また、ふたりで公園を散歩していた時のことです。とても信じられないような、奇妙な事件が起こったんです。

公園の散歩道を、仲良く腕を組みながら歩いていたそうなんですよ。

すると、一〇〇メートルほど前方から、体格のいい大型シェパードを連れたおじさんが、スタスタと歩いてくる。

で、すぐ近くまできて、急に吠えだしたそうですね。ものすごい勢いで。

と言っても、シェパードがじゃありませんよ。

彼女がです。

中腰になって、目をむいて。

黒いタイトスカートがめくれて、おしゃれなレースのパンティが、丸見えになっていたそうです。

それでも、彼女はおかまいなし。

「うふぉふぉおん!ふぉあん!あうぁん!」

と吠えはじめる。

とたん、大型のシェパードはしっぽを丸めて、

「キャイン!キャン!」

と逃げ出してしまったそうです。

しかも、飼い主のおじさんの顔も真っ青。ガタガタと震えているじゃありませんか。

「すいません、おどかしたりして」

と青年が話しかけると、

「た、たた、助けてくれー」

と腰を抜かしている。目を大きく開いて、口から泡をふきだしている。

彼女を顔を指差したまま。

(おや?)

そう思って、振り返りました。

ちょうど真横にいたため、彼女の顔を見ることができなかったんですね。

彼女の顔が異様に膨らんで、しわくちゃになっているのが、目に入ったそうです。

赤い歯茎を露出させ、大きな犬歯が、左右に飛び出している!

しかし、それも一瞬のことでした。

すぐに、普段の美しい顔に戻っていたんだそうです。

ニコリと笑顔を送ってくる。

(気のせいだったか……)

「彼女が、どうかしたんですか?」

そう言って振り返ると、もう、そこには誰もいない。

おじさんも犬も、遠くに逃げ去っていたそうです。

「彼は強盗よ」

「強盗?」

あとになって、彼女は黒髪をかきあげながら、彼に言ったそうです。

「犬をけしかけて、そのスキに後頭部を鉄パイプで殴って、金品を奪うのよ」

「まさか……」

「ついこないだ、ニュースでやってたわ。死んだ人もいるのよ。テレビ、見てないの?」

さらに、不思議なことは続きます。

深夜に救急車なんかが、近所を通る時があるじゃないですか。

そんな時、彼女は寝ているにもかかわらず、スクッと起きあがる。で、吠え出すらしいんですよ。

「ふぉおおおううーう!わぉうおーう!」

てな感じでね。

目はつぶっているから、たぶん、無意識のうちにやっているんでしょう。夢遊病みたいなもんです。

そのうち、近所の犬たちも一斉に遠吠えをはじめる。

彼女の声につられて、

「ふぉおん、わぉおおお――ん、わぁ―――ん」

オーケストラの大演奏のような、遠吠えをするんです。

また、夜にトイレでも行こうかと、目を覚ます。

そんな時、ふと隣で寝ているはずの彼女がいないことに、気づくことがあるそうです。

で、どこにいるかと探していると、キッチンのあたりから、

ぴちゃ……、ぴちゃ……

と、不気味な水音が聞こえてくる。

人のいる気配がする。

彼は足を忍ばせ、

ギィィィィ……

と、扉を開けたそうです。

部屋の中を見るためにね。

ギィィィィ……

すると、暗い電気の下で、形のよい白いバストをあらわにした彼女が、ピンク色のパンティ一枚のまま、キッチンにしゃがみ込んでいる。

(なにやってんだ?)

彼は、目を凝らして様子をうかがっていたそうです。

すると、なんと皿についた食べカスやら残飯やらを、一枚一枚、舌で舐め取っているではありませんか!

彼、全身からドバァ―――ッ、と汗が噴き出したそうですね。

もちろん、冷や汗ですよ。

すぐに扉を閉めて、ベッドの中に潜り込んだそうです。

すると、

ペッタン……、ペッタン……

スリッパの音がして、彼女が部屋に近づいてくる。

ペッタン……、ペッタン……、ギィィィィ……

と音がして、ドアが開きます。

彼はじっと動かない。石のように動かない。

毛布をすっぽりかぶって、寝たふりをしていたそうですよ。

でも、心臓はバクバクと大きな音をたてています。

で、パッタリと物音がしなくなった。

隣に寝た様子もない。

(あれ……?おかしいな?)

そう思って、少しだけ毛布をずらし、目を開けたそうなんですよ。

すると、目の前に、彼女の顔があったんです!

大きな瞳で、じっとこちらを見つめている。

「ハッ、ハッ、ハッ」

獣くさい息を吐き、ずーっと、彼の様子をうかがっていたんです。

――彼が話してくれた内容は、だいたい、こんな感じです。

もっといろいろあったんですが、あとは忘れちゃいました。

まあ、覚えてないと言うことは、あまり重要なことじゃなかったのかもしれません。

その時、彼はその女性と別れるべきか、とても悩んでいましたよ。

結局、いったいどっちにしたんでしょうね。

まあ、他人事だから言うんですが、どちらを選択したとしても彼にとっては大変だと思いますよ。

犬っていうのは、主人にとても忠実なんですよね。よっぽどのことがないかぎり、そばを離れたりしない。

それだけに、嫉妬深い生き物でもある。

だから「犬神」や「お犬さま」と言って、音は、人を呪い殺す道具として使われていた。

主人がほかの犬を可愛がったりすると、ワンワンと、牙をむいて吠えたりする。

まして裏切ったりしたら、激情して、殺してしまうことも、あるそうですよ。飼い主を。

首に食らいつき、のどぶえを噛みちぎって殺すんだそうです。「愛憎」というやつですかね。

そのあと、絶対にエサを食べなくなり、やがてその犬も痩せ衰えて、主人のそばで死んでいくんだそうですよ。

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