あるナンバーワンホストの話(東京都) | コワイハナシ47

あるナンバーワンホストの話(東京都)

僕の知人の男でね、いまでは超一流のホストとなり、連日、常連客に指名され、テレビやマスコミにも引っ張りだこのYという人がいるんです。

店の売り上げもトップとなったホストYにも、やはり、そうとう辛い下積み時代があったそうなんですよ。

Yが東京に出てきたのは、一〇年くらい前のことです。一九歳の時ですかね。

高校卒業後、しばらく居酒屋などのアルバイトを転々としていたそうですが、どうも面白くない。

もともと顔も悪くないし、ジャニーズ系の甘いマスクでしから、女にもモテる。背も高いし、足も長い。

「東京に出よう」

そう決心したのは、一九の誕生日を迎えた日のことだったらしいんです。

一二月でしたかね。雪がシンシンと降り積もる中を、大きなザックに下着やら洗面用具やらを詰め込んで、駅に向かったそうです。もちろん、徒歩でです。

両親には、何も告げなかったそうですよ。

言えば、止められるとわかっていましたからね。

青森から、鈍行電車と深夜バスを乗り継いで一一時間、ようやく上野駅にたどり着いた頃には、翌日の昼になっていたそうです。

そして、そのままB区にある小さなホストクラブに、住み込みで働くようになりました。

本当に小さなホストクラブで、前のオーナーがスナックを取り壊して、簡単な改装をしただけでオープンさせたらしく、壁は真っ赤。トイレはいまだに和式。カウンターとテーブル、それに席が三つほどしか置いてないようなところでした。

照明も暗くて、相手の顔さえよくわからない。

店の営業時間は、夜の一二時から翌朝七時まででしたが、料理の仕込みや掃除などがあるため、新人は九時には店に出て、雑用などをこなさなければなりませんでした。

給料も安い。お客がまだ、ひとりもついていないんですから、仕方ありませんよね。

ホストなんてのは、自分についた客が一本何万円もする酒をガブガブ飲んで、なんぼの商売です。

酒を一口飲むたびに、チーンと音がして、料金メーターがあがっていく、そんな感じですよ。

当然、お客が自分のために高い酒を注文すれば、それだけ給料が増える。

逆に、お客がひとりもつかなければ、タダ働きも同然です。

そのホストクラブは、住み込みができたので、家賃だけはタダでした。

ちょうど店の二階に、八畳ほどの空き部屋がありましてね、そこに寝泊まりしていたらしいんです。それがなければ、とっくに飢え死にしていたでしょうね。

やがて、店に勤めて二ヵ月ぐらい経ちました。

しかし、Yにはひとりのお客もついていません。

その頃の彼はね、口下手だったんですよ。

顔がいいだけじゃ、ホストは務まらない。

それで、ようやくひとりのお客を、見るに見かねた先輩たちが回してくれたんです。

といっても、誰もその客の相手をしたがらなかった、と言ったほうが正解なんですが。

そのお客は、六〇歳をとっくに過ぎているように見えました。

肌はたるんで、しわだらけ。ハリもツヤもありません。髪も真っ白で、ボサボサでした。服装などは、時代を数十年、逆行してしまったかのような格好。いつもズボンともボロともつかない服を着て、店に通っていたと言うんです。

しかも、お金を全然使わない。本当に全然です。

ホストクラブだというのに、酒も頼まない。料理も注文しないんですよ。

店には割引タイムというのがあって、オープンしてから二時間までは、基本料金が半額になる。

そのお客はその割引タイムだけを狙って、ほぼ毎日のようにやってくるんです。

しかも、手づくりのお弁当を持って。

手作りのお弁当持参でホストクラブに通う客なんてのは、聞いたことがありませんよね。

おかずは、いつも里芋の煮っころがしだったそうです。

里芋の煮っころがしを箸でつまんで、

「食べねぇ、食べねぇ」

と言ってくるんだそうですよ。

「いいよ、いいよ」

と断っても、

「ええから、ええから」

としつこく迫る。

そして、里芋をグイー、グイーと、彼の口の中に何度も押し込もうとするだそうです。

当然、彼は唇をピタリと閉じて、食べませんでした。

そんな得体の知れないもの、食べられるわけがありませんから。唾液なんかならまだしも、毒でも入っていたら大変です。

それでも客は、なんとか口をこじ開けようと、箸に力を入れてくる。

そんな攻防が、毎晩のように繰り返されたわけです。

やがて、いつしか彼はノイローゼになって、寝込んでしまったんだそうです。

寝込んで三日ぐらいは、胃の中の物を全部吐きだしてしまった。

「グエ――!グバア――!オエオエオ――!」

とね。

あとからあとから、グチャグチャした胃の内容物が口から飛び出してくる。

そのうち、出すものもなくなると、今度は胃酸です。黄色い胃酸が、鼻の穴や口から、ドロドロと流れ出る。

ようやくおさまると、今度は髪の毛が抜けはじめた。

それも、二、三本なんていう量ではない。一度に五〇本ほどが、ドバッと、手のひらいっぱい抜け落ちるんですよ。

(ああ、自分はこれで死ぬのかな)

本気でそう思ったそうですよ。

(きっと、両親は今も自分のことを心配してくれているんだろうな)

涙があとからあとかられ溢れ出て、止まらなかったそうです。

しかし、寝込みはじめて二週間ぐらい経つと、体力も徐々に回復して、食欲もわいてくる。普通に外出できるようになり、店にも出られるようになったそうです。

その頃からでしょうか、それまでまったく、つかなかったお客も、ひとり、またひとりと、増えはじめました。

ある日、たまたま仕事がオフだったので、彼は隣町の商店街を歩いていたそうです。

と、カンカンカンと音がして、踏み切りの遮断機が下りてくる。

しかたなく、ジーンズのポケットに両手を突っ込んで、待っていた。

すると、踏切の反対側に、どこか見覚えのある女性が、同じように立っている。

(おや?)

すぐに、そう思ったそうです。

やがて遮断機が上がり、ワッと、蜘蛛くもの子を散らすように人や自動車が動き出す。

彼もスタスタと、その女性の横を通りすぎました。

そして、

(間違いない)

と確信したんだそうです。

その女性はツヤのある黒髪を後ろに束ね、しっかりとした足取りで歩いてきたそうです。

白いブラウスに紺色のスカートをはき、手にはハンドバッグを持っています。年の頃はだいたい四〇ぐらい。色気のある、それはいい女だったそうですよ。

それでも、彼に言わせると、面影は残っていたというんです。

誰の面影かって?

もちろん、あのお客のです。

「ホストクラブに通っていた、あの汚い婆さんに間違いない」

と、彼は言うんです。

一瞬、横を通りすぎただけで、絶対に彼女だとわかったって。

その後、Yは新宿のホストクラブに移って、現在はナンバーワンホストとして活躍しています。

店をまかされ、高級外車を乗り回す。年収も三〇〇〇万を優に越えているそうですよ。

それにしても、あの客の正体は、いったいなんだったんでしょうか。

もしかしたら、人のエキスを吸って若返っているのかもしれません。ドラキュラではありませんが、古今東西、世界中でそう言った話がけっこう多いんです。若者の生気を吸って、長生きする老婆の話が。

サキュバスとも言いますがね。

もちろん、あくまで僕の考えです。

でも、彼の話がもし本当だとしたら、ほかに説明がつきますか?

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