イケブクロ(東京都) | コワイハナシ47

イケブクロ(東京都)

桜が咲く頃、浅木さんが短大に入った頃の話だ。

彼女から見て母方の叔母が亡くなった。

東京・池袋の従姉妹の家を訪ねていたときだった。

近畿地方に住む叔母は死の前日、友達を訪ねる名目で上京していたのである。

ホテルを取るなら従姉妹宅へ泊まれば良いと誘われ、厚意に甘えたのだ。

叔母と言ってもまだ三十代頭くらいで、綺麗な人だった。

だからとても驚いたことを覚えている。

叔母の死について、後に従姉妹から電話で聞いたことがある。

『(死の前日)寝る直前、少し変な感じだった』

明日、出掛ける予定の時間を聞いても「さあ?」としか言わない。

お友達と観光するのではなかったかと逆に問えば、そうだったそうだったと答えるが、心ここにあらずの様子だ。

そして客間へ行くとき、何故かおやすみではなく、さよなら、と言った。

翌朝、叔母の目覚ましアラームがずっと鳴っており、いつまでも止めない。

起きられないのかと様子を見れば、何かがおかしい。

起こしてあげようと声を掛けたり、身体を揺らしても無反応だ。

まさかと確かめれば、呼吸をしていない。

従姉妹の家は上へ下への大騒ぎとなった。

『救急車呼んだり、警察からしつこく聞かれたり、大変だった』

死因は自殺や他殺ではない。いわゆる心不全であった。

親戚中、叔母の行動や状況をして〈まるで東京へ死にに行ったみたいだ〉と噂になった。

また、不審な点はもうひとつある。

叔母の友人知人、職場関係の人間に東京在住の人間がひとりもいなかったことだ。

携帯からも、他の何からも発見できない。

では、あの日、叔母は東京で誰を訪ねようとしていたのか。

誰にも分からなかった。

その後、従姉妹一家は引っ越した。

マンションを買ったこともあるが、他に理由があった。

〈元の家に死んだ叔母が出る〉からだった。

いつもではない。忘れた頃、客間の隅やドアの影に佇んでいる。

ハッキリと姿を現すと言うより、幻の如くそこにいるだけだ。

ぼんやりと浮かぶ顔に、薄い悲しみのようなものが浮かんでいるように思えた。

時には気配だけという事あるが、どうしたことかそれが叔母であると全員が理解できた。

従姉妹曰く、これは直に感じなければ分からない感覚であるらしい。

何をするでもないので、最初こそ哀れんでいたが、次第にうっとうしくなってきた。

あるとき、従姉妹の母親が悪態を吐いた。

〈人の家で死んでおいて、いつまで迷惑をかけるのか〉

その晩、叔母の影が一晩中母親の傍に立ち、じっと見下ろしていた。

何をするでもない。ただ立って見下ろすだけ。表情はいつもと変わらない。

母親は何度か目を開けてその姿を確認したが、その度に心臓辺りへ刺されるような痛みを感じた。

ああこれは悪口を言ったからかと気付く。

必死に謝るのだが事態は変わらない。

叔母は朝までずっとそこにいて、心臓の痛みは消えるまで続いた。

この一件から叔母が無害なものではないと分かったのである。

お祓いを受けたり、お坊さんを呼んでみたりしたのだが一切効果はなく、それからも叔母は姿を現し続ける。

結局逃げるように家を引き払った。

引っ越し後から叔母は新居には出ていないと従姉妹は言う。

新居には、ということは何かあるのかと問えば、素直に教えてくれた。

『家にはもう出ないけれど』

引っ越し後に訪れたサンシャイン水族館で、叔母を見た、らしい。

水族館を楽しんでいると、うるさく咳き込んでいる男性がいて気になった。

そちらを見れば、そのそばに生前と変わらぬ姿の叔母が佇んでいる。

ただ、叔母は水槽の中を見ていなかった。

すぐ近くにいた中年の男女──多分夫婦だろうか──の方を睨み付けていたという。

咳をしていた男性はその夫の方である。

しきりに喉の辺りを押さえ、苦しそうな咳を繰り返した。

彼らは叔母の視線に気付いていない様子だ。その姿が見えていないようにも思えた。

中年の男女が移動すると、叔母はその後を付いていく。

厭な気持ちになり、従姉妹は水族館を出た。

入場料が無駄になったが、それでもよいと思った。

浅木さんは当然の疑問を従姉妹にぶつけた。

目撃したのは生きている普通の人で、ただ単に叔母に似ているだけではないのか。

従姉妹は違うと頑かたくなに否定する。

『あれはあの人だったよ』

だって〈あの左手だった〉から、と。

叔母は左手に特徴があった。だから間違えるはずはないと言い切った。

それから従姉妹は何度か水族館を訪ねたが、叔母を一度も見ていない。

死後の叔母はどこにいるのか。どうなっているのか。

誰にも分からない。

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