シブヤで見た母(東京都) | コワイハナシ47

シブヤで見た母(東京都)

ある人から聞いた。

中国地方に住むこの人が、関東地方へ出張で訪れた。

筑波での仕事を終え一泊する。

翌日は土曜日と言うこともあり、一度渋谷へ行ってみようと決めていた。

休日の午後、駅前のスクランブル交差点はたくさんの人が歩いている。

目的の場所を調べようと少し端の方で立ち止まった。

スマートフォンに表示された建物を確認しようと顔を上げる。

人波の中、目を疑う人物の姿があった。

自分の母親がいたのだ。

四十八歳になった今も、地元から一度も出たことがないような人物である。

(何故、こんなところに)

声を掛けようと近づくにつれて、違和感が襲ってきた。

まず、着ている物が違う。

母親は普段からトレーナーにゴムウエストのものなど楽な格好が多い。

しかし目の前にいるのはキャリアウーマンの休日的な、隙のない格好だ。

まるでファッション誌から抜け出してきたような、洒落た姿である。

それでも顔は母親そのものだった。

違うのは、化粧の方向性だけだろう。

(まさか、こんな所にいるわけがない)

後を追いかけながら頭の中で疑いを打ち消すが、気になって仕方がない。

勢いで声を掛けた。

相手が振り返った。

正面から視線を交わしてもやはり母親としか思えない。

相手は疑わしげな目を向け、こちらをじろりと見ている。

「あの、すみません」

「はい?」

短い言葉のやりとりなのではっきりと言えないが、声も似ているような気がする。

あたふたしていると、相手はさっさと行ってしまった。

(あれは他人を見る目だった。だから他人のそら似だったのだ)

雑踏に消えていく後ろ姿を見送りながら、そう思った。

と同時に実家の家電話に掛けることを思いつく。母親が出た。

念のため、今日はどこへも出掛けていないことと、変わったことがないか訊く。

『はい、あら、へじゃけど(そうだけど)?なんもないわぁ。急になんでやの?』

いつもと変わらぬ声だった。

東京に似た人がいたから、まさかと思って、とそう教える。

世の中には三人、似ている人がいるから、その人だろうと笑い飛ばされた。

ああ、やはり自分の見間違えだったのだと胸を撫で下ろした。

が、関東から帰宅して二週間ほどしたくらいか。

近畿地方に凄まじい大雨が降った日だった。

母親とテレビを見ていると、渋谷のスクランブル交差点が中継で写し出される。

驚いた。

母親にそっくりな女性が歩いていた。

流石に顔がアップになっていないが、それでも分かるほど似ている。

あのとき目撃した女性だろうか。少なくとも服装は前と違うように見えた。

「ほら、お母さんに似てる人が」

「え?ああ?」

すぐにスタジオへ切り替わった。

母親も一瞬だが自分に似ている人を確認できたようだ。

自分が映されたビデオを見たみたいだ、本当に東京に似ている人がいたのだと彼女は少し興奮していた。

ただ、あんなに綺麗な服着て颯爽と歩くところはまるで別人みたいだったねと笑った。

それから約半年後、母親は自宅で亡くなった。

前日、転んで頭を打ったことが死因に繋がっていた。

誰も予想しないことで、家族は悲しみより思考停止が先に来たという。

落ち着いた後、父親が嘆いた。

「ひとりで眠らせるのではなかった。自分がいれば、異変に気付いて病院へ連れて行けたのではないか?それで、助かったのではないか?」

両親いつも同じ寝室、同じベッドで眠る。

たまたまその日、父親は遠方へ泊まり仕事でいなかった。

後に、通夜や葬儀の参加者数名からこんな話を聞いた。

〈あなたの家の門から、お母さんそっくりの人が出てくるのを見た〉

通夜や葬儀に向かう前、家の前を通りがかった。

丁度出て来た人物が亡くなったはずの母親の顔にそっくりで、目を疑った。

声を掛けても無視をしてさっさと歩いて行く。

故人の姉か妹かもしれないと想像したが、ひとりっ子だと聞いていたことを思い出した。

後を追いかけると停車していたタクシーに乗って、駅に向かって走り去る。

その母親そっくりな人物は、とてもお洒落な格好であった、らしい。

不思議なのは、その〈そっくりさん〉を見た人たちの目撃時間がまちまちなことだ。

それなのに、行動は全く同じ。

門から出て来て、待たせていたであろうタクシーに乗って駅方面へ向かう、だった。

正体が分からないまま、その〈そっくりさん〉を見ることはそのときだけであった。

朝、息を引き取った母親を発見したのは、この話を聞かせてくれた人──娘さんである。

朝起きてこないから両親の寝室へ様子を見に行った時だ。

ドアの向こうから声を掛けるが反応がない。

仕方なくドアを開けると冷たい空気が流れ出した。

冬、厳しい寒さなのに窓が開けられていた。

そして、ベッドの上で母親が仰向けになって目を閉じている。

何故か右手が、布団から出ていた。

その指さすような形で固まった手は、何故か窓の方を向いている。

再び声を掛けた。

返事はなかった。

母親に触れると氷のように冷たい。

自発呼吸はなく、すでに事切れていた。

母親が寝室の窓を開けていたことも、手だけ出してそちらを指さしていたことも、どうしてなのか家族の誰にも説明できない。

ひとつだけ言うならば、母親は何かを伝えたかったのではないかと感じている。

伝えたかったことが何であるかは、分からないが。

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