だら(静岡県) | コワイハナシ47

だら(静岡県)

ある住宅街に新しい道ができた。

家々の間を貫くように作られた歩行者専用道路である。

途中途中の通り沿いに小さなベンチが据え付けられており、散歩道としても使えた。

二本木さんはこの道をよく通る。

歩きやすいこともだが、彼女の自宅への近道であったからである。

桜が咲き始めた矢先であったが、急激に気温が下がった日がある。

夜になると強い風が吹いた。

二本木さんはスプリングコートの前をしっかり閉じ、あの道路を──家路を急いでいた。

自宅まであと数分というところで、ふとベンチに座る人の姿を見つけた。

街灯の下、若い女性らしいことが見て取れた。

服そのもののデザインが春めいたもので、今年の流行ものであったからだ。

明るい色のハーフコート、揃えた足は厚手のタイツをはいている。

両手をコートのポケットに突っ込み、猫背で俯いていた。

強風で嬲られる髪で顔が隠れている。長さは肩辺りで、明るめに染められているようだ。

ほぼ毎日この道を使うが、この女性に見覚えはなかった。

(こんな日に寒いところで何をしているのだろう。人待ちだろうか)

近づくにつれ、ひどく地味な印象をその女性に対し抱いてしまった。

歩道に並んだ街灯の光のせいでコートの色味が褪せているように感じるからだろうか。

いや、そういう部分ではなく、ただただ〈地味〉という単語が頭に浮かぶ。

それになんとなく目が離せない。

どうしてなのか分からないまま女性の前を通り過ぎた。

後ろ髪を引かれる、というのだろうか。思わず振り返ってしまう。

やはりそこに女性が座っているだけで、他に別段変わったことは何もなかった。

しかし、その日を境にこの女性を目にすることが何度かあった。

いつも同じような時刻に同じベンチに座っている。

暗い中、何時も俯いているので顔はよく見えなかった。

(この辺りに引っ越してきて、散歩コースか何かにしたのだろうか)

それか、やはり人待ちか。よく分からないままであった。

四月の後半だった。

二本木さんはいつものように会社から帰宅していた。

季節外れの蒸し暑い夜でなんとなく肌がべたつく。

あの道へ入ると、また件の女性が座っていた。

いつものように近くを通り過ぎるとき、女性が何かを呟いているのが耳に届いた。

初めてのことで、思わず聞き耳を立ててしまう。

「……だら、……だら、……だら、……だら」

語尾の〈だら〉のみハッキリ聞こえた。声質は若い女性のものだった。

他は聞き取れない。

ただ、だらのイントネーションには聞き覚えがある。

一時期母方の祖母が口にしていたからだ。

親族曰く、静岡方面の方言ではないか、とのことだった。

ただ、その祖母は普段こんな言葉遣いをしていなかった。

だらと言い出したのは、祖母が亡くなる直前、丁度半年前ほどのことである。

確かに祖母は静岡辺りの出身だった。祖父と結婚してからは新しく住んだ土地の方言へ変わった。だから、いつもは全く違うイントネーションであった。

(だら、か、お祖母ちゃん、どうして亡くなる前に地元の方言へ戻ったんだろう?)

こちらの心情を知ってか知らずか、女性はだらだらとつぶやき続けた。

声を掛ける理由もないので、その場から立ち去った。

自宅へ戻り、着替えてからぼんやりあの女性のことと祖母のことを考えてしまう。

(あの人も静岡出身なのかな)

突然携帯の着信音が大きく鳴った。

マナーモードにしていたはずなのに、知らないうちに解除されている。

操作ミスをしていたのか、そんなことを思いながら番号を確認した。

実家の母親からだった。

「もしもし?」

無言。無音。ノイズすらない。

何度か問いかけても答えがない。母親が間違って掛けたのだろうか。

切ろうかと耳から離す寸前であった。

『……ごめんよぉ、みぃーちゃん』

特徴ある祖母の声だった。

訛りは静岡ではない。普段使っていたイントネーションだ。

みぃーちゃんは二本木さんを呼ぶときに使う愛称だった。

返事もできず固まってしまう。電話の向こうから祖母の声が続く。

『ごめんよぉ、みぃーちゃん』

繰り返される謝罪に、どうして良いのか分からない。

やっとのことで絞り出せた言葉は「お祖母ちゃん、謝らないで」だった。

一瞬の無言。

そして、再び声が始まった。

『みぃーちゃん、ごめんよぉ。みぃーちゃん……』

止めてよ、謝らないでよ、そう言いかけたときだった。

──つぎ、みぃーちゃんだから。

これで電話は切れた。

意味が掴めない。次?何のことだ。

いや、それ以前になぜ母親の番号で、死んだ祖母から電話が来るだろうか?

スマートフォンの着信履歴を開いた。

電話が掛かってきた履歴はある。が、それは自分の番号であった。

どうしてそんなことになっているのか。自分で掛けたのか?いや、心当たりはない。

とても厭な感覚があったので、慌てて履歴を消す。

消した途端にスマートフォンの画面が消えた。再起動がかかる。

画面が表示された。

そして、我が目を疑った。

ロック画面の壁紙が、亡くなる少し前の祖母の写真になっていた。

確かに撮影した覚えはあるが、こんな設定にしていない。イラストの壁紙にしていた。

慌てふためきながらロックを解除する。

思わず声を上げた。

今度はホーム画面も祖母の別の写真に変わっている。

これもまた亡くなる少し前のものであった。

気持ちが悪い。急いで再設定する。

が、何度も途中で再起動がかかり、とても手間取った。

この出来事は一度だけだった。

それからというもの、亡くなった祖母からの電話はない。

スマートフォンがおかしくなることもない。

そして、この一件以来、あの地味な女性の姿を見ることも二度となかった。

だらと静岡方面の方言を口にする女性。

だらと静岡方面の方言を死ぬ前に口にしていた祖母。

関連づけるのもどうかと思うが、このことを含めて実家の母親へ電話したことがある。

『ごめん、実は』

祖母が他界する瞬間、彼女は断末魔のようにこんな言葉を叫んだという。

〈わたしはしぬから、つぎは、みぃーちゃんとこへ、いって!〉

静岡訛りはなかった。

あからさまな嫌悪の響きと切実な願いを感じさせる叫びだった、らしい。

加えてその表情はそれまで見たこともない、鬼女じみたものであった。

『でもどうしてそんなことを口走ったのか。私たちにも分からない』

内容が内容だったので、黙っていたのだと母親が謝る。

そうだった。祖母の死に際に自分ひとり間に合わなかった。

看取ったのは両親と伯父叔母だった。

直後、自分が駆けつけたとき皆が微妙な視線を向けたのはこのせいだったのか。

納得がいくと同時に、急に寒気に襲われてしまった。

死ぬ前に〈だら〉と言い出した祖母。

〈だら〉と呟く女性。それらの関係は何だったのか。

それに〈わたしはしぬから、つぎは、みぃーちゃんのとこへ、いって!〉の意味は何なのか。〈つぎは、みぃーちゃんだから〉とは何のことなのか。

不明なことが多すぎる。

とりあえず、二本木さんと父母は神社でお祓いを受けた。

加えて、祖母の一周忌供養をかなり盛大に行った。

今のところ、二本木さんの所に、何も来ていない。

来るとしても、何が来るのか分からないが。

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