釣行夜話其之肆(山梨県) | コワイハナシ47

釣行夜話其之肆(山梨県)

大石さんがブラックバスのルアー釣りにどっぷりと嵌はまっていたときの話である。

彼は富士五湖の一つに数えられる湖へ、一人で釣りに出掛けた。

辺りが暗いうちから到着したこともあって、釣場は人気ポイントにも拘わらず閑散としている。

早速仕掛けを準備して釣り始めるが、釣れないどころか魚信アタリさえも全くない。

ルアーの色や種類を変えて色々試してみる。

しかし時間ばかりが過ぎていき、全てが無駄骨に終わる予感すらしていた。

とうとう東の方角から陽光が差し始めてきた。

本来ならば魚の活性が高くなる時合いであったが、既に彼の心は折れかけていた。

次の一投で駄目だったら、今日は諦めよう。

そう思って最後の一投を決めようとしたとき、彼の左脇のほうで水面が暴れだした。

いつの間にか誰かが側で釣りをしていたらしい。

大石さんは羨ましそうな目つきを隠そうともせず、彼のほうへ視線を向けた。

距離にして十数メートル離れているせいか、表情までは分からない。

ただ、その釣りっぷりは半端ではなかった。

その釣り人は釣り上げたブラックバスを足下の地面に放り投げるや否や、間髪入れずに釣りを再開する。

そして瞬く間に次を釣り上げると、先程同様に魚を地面に捨てた。

まるで釣る機械と化してしまったかのように、見事に魚を掛け続ける。

〈何だ、アイツ!スゲーけど、むかつく奴だな〉

今では特定外来生物として害魚認定されてしまったブラックバスであるが、当時はそのような認識は一般的ではなかった。

ゲームとしての釣りを楽しんでいる者の嗜たしなみとして、その場で放流するのが一般的だったのである。

大石さんは釣竿を足下に置くと、釣り人のほうへ向かって歩いていく。

その間にも、釣り人は流れ作業のように釣り続ける。

大石さんとその釣り人の距離が大分近付いてきたとき、大石さんの歩みが止まった。

おかしい。

絶対に、おかしい。

地面に捨てたはずのブラックバスが、一匹も見当たらないのだ。

水際に落ちた音もしなかったことから、魚が自力で戻ったとは考え難い。

彼は距離を置いたまま、その釣り人を凝視した。

「……あれっ、消えた!」

釣り人は相も変わらず魚を釣り上げ、そして地面に捨てている。

しかし、その魚は地面に落ちるか落ちないかの瀬戸際で、いきなり姿を消してしまったのだ。

何が起きているのか見当も付かず、大石さんは忍び足で男のほうへ近付いていった。

近付くにつれ、男の表情がはっきりとしてきた。

大きく開かれた瞼まぶたから浮き上がるように、異様に出っ張った血走った目。

そして小刻みに震える口角付近からは、相当量の涎よだれが流れだし、下顎に幾筋もの跡を残している。

彼の表情に狂気じみた何かを感じ取った大石さんは、心配になって声を掛けようとした。

「あ……」

だが、大石さんは一言だけ漏らし、後はそのまま押し黙るほかなかった。

ボロボロの服を身に纏まとった人間のような半透明の何かが、釣り人を取り囲んでいたのである。

男女合わせて十人程であったが、何よりもその異形さを目の当たりにして、彼の総身が一気に粟あわ立った。

紐のような痕跡が残った、通常よりも明らかに長い首を持った者。

身体が異様なまでに痩せ細っている者。

手首や首から流れたであろう血が凝固して、ほぼ全身赤黒く染まった者。

それらの者達に取り囲まれ、見守られる中、その釣り人は一心不乱に魚を釣り続けている。

呆けたような表情で大石さんが眺める中、釣り人はまたしても魚を釣り上げ、地面に落とした。

それと同時に、異形の者共がその魚に一斉に飛び掛かった。

哀れな魚はあっという間に骨まで喰い尽くされ、跡形もなく消えてしまった。

大石さんの心臓は早鐘を打ち始める。

それを合図に、彼は一歩ずつ後ろに下がり始めた。

踵を返して走り出したかったが、そんなことは怖くてできない。

奴らから目を離さず、そのままゆっくりと後退し続ける。

十分な程距離を取ったことを確認すると、後は無我夢中で車まで走り続けた。

それ以降、大石さんはその釣場付近へは近付くこともできなくなってしまった。

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