托鉢の坊主(和歌山県) | コワイハナシ47

托鉢の坊主(和歌山県)

これも和歌山県の話である。

やはりずいぶんと昔のこと。Tさんは、毎日一本の細い山道を通って工場に働きにいった。

秋も深まったある黄たそ昏がれ時どきのこと。家路を急ぐTさんの足がはたと止まった。

その先に祠がある。その前に何か異様なものがいる。

托鉢の坊主のようだ。ボロボロの袈裟に着物。片脇に杖を置いて、祠の中に頭を突っ込んでいる。どうやら祠の中にお供えしてあるにぎりめしをもしゃもしゃと食べている様子だ。

この異様なものがこちらに背を向けている間にそこをやり過ごそうと、急ぎ足でその坊主の脇まで来た。ギョッとした。その坊主は腰をくの字に折り曲げて、窮屈そうに祠に顔を突っ込んでいる。普通の人間ならそんなに無理をしなくても楽々と覗のぞけるはずだ。この坊主は巨人なのだ。身の丈三メートル近いのではないかと思える。

(こら、いったい何者なんや)と恐怖にかられながらも、そっと坊主の後ろをすり抜けた。と、その坊主が気配を察してこちらを振り向いた。

何と、額に目がひとつ。めしつぶがまわりについた真っ赤な口から、牙きばがニョッキリ出ている。それがぬっと立ち上がった。

Tさんはそのまま後見もせずに駆け出した。すると、どしーん、どしーんという雷鳴のような音が背後から聞こえてくる。

家にたどり着くと同時に玄関を閉め、がたがた震えていると、いつの間にやらその音も気配も消えた。

翌日からもその道を通って工場へ行ったが、そんなものに出会ったのはたった一度きりだったという。

奇妙なことといえば、つい先日こんなことがあった。

私はある専門学校で非常勤講師をやっているのだが、ある夜、執筆作業中の私の部屋に何人かの学生が遊びに来た。この時ばかりは私も執筆の手を休め、しばし彼らと語らった。

ひとりの学生が私の机の前に座った。いつも原稿のワープロ打ちをしている机。

パンパン、とかすかに窓ガラスを叩たたく音が私にも聞こえた。だがそれは彼が叩いたものだと思った。するとその学生が「先生、誰か来られたみたいですよ」と言う。

「誰かって?」

「今、この窓ガラスを誰か叩いてはったんです」

「あほ、窓開けてよく見ろ!」

窓ガラスを開ける。

「えっ……」と彼は絶句する。ここは七階。ベランダも何もない。隣の四階建ての屋上が真下にある。

彼には確かに窓ガラスを叩くものの気配と、闇の中、すりガラスの向こうに手がやってきたのが見えたというのだ。その手のひらがガラスを叩いた。彼はきっと隣とベランダでつながっていて、夜に騒いでいる我々を注意しに隣人が来たと思ったらしい。確かにガラスには手の跡がひとつベッタリと付いていた。

それで思い出したのだが、本書執筆中にそのまま机に伏して寝てしまったことがある。ドンドンというガラス窓の音で目が覚めたという記憶があるのだが、それももしかして……?

さて第三夜の六十二話に、カセットを入れたまままったく再生しなくなったデッキの話を書いたが、そのカセットに入っていた話をいよいよご紹介する。第五十三話「八甲田山」である。

実はこの話、絶対に記録として残らないのだ。

デッキに入ったまま出てこないカセットは、中山も木原も取材に参加できなくて、担当のTさんが取材したテープだったのだ(後、デッキをこじ開けて取り出したがテープはグチャグチャにもつれたうえ、プツンと切れて再生不能。デッキは修理不能で廃品処分する羽目になった)。

そこで再取材を試みた。著者ふたりが揃う日を見定めて。ところがどういうわけか中山が大阪駅でのトラブルで、新幹線になかなか乗れない。ようやく東京の約束の場所に着いた時ちょうど「八甲田山」の取材が終わったところだった。だが、録音していたので後で再生してみると取材者の声はなく、木原の声と担当のTさんの声だけが入っていた……。まるでこの話は記録されることを拒否しているかのように録音はすることができない。とはいえ一応取材は出来た。本書に記すには必ずしもテープに頼らなくてもいいのだが、蒐しゆう集しゆう家かの我々としては大変なショックであった。

というのは、同じように過去四話ほど、記録されることを断固拒否するかのような話が存在していたからだ。

話には共通するものがある。

それらの話にはいずれも書き表すことが出来ない部分が存在している。「八甲田山」にもそれがある。ただこの話はどうしても紹介したいと思い、全てを書き表さないことにした。そのおかげでここに書き残すことが出来たのだと思っている。

ところで執筆中、珍しいことがあった。

夜中の二時頃、担当のTさんから木原のところに電話がかかってきた。Tさんは携帯電話かららしい。仕事の打ち合わせだ。しばらく話していると「あれ?ちょっと待ってください」というTさんの声。「どうした?」と聞くと「今、僕、誰もいない飯田橋のあたりを歩いているんですけど、五十メートルほど先にタクシーが一台停車したんです。で、バタンとドアが開いたんですよ」

「それが?」

「だって人、いないんですよ。何してんでしょう、あれ。あっ、タクシーの運転手、キョロキョロとあたり見回して、今ドアが閉まりました。凄すごいスピードで走り去りました……」と、聞くとしばらく間があって「もしかしたら僕、今ものすごいもの見たのかもしれません」

「そこに誰かいたんだろ?」

「僕以外、この道には人っこひとりいないんですよ。このまま歩くと幽霊がいる場所にかかっちゃうんですけど……」

幽霊目撃の携帯電話による実況生中継。

こんなことははじめてだ。

「そらおもろい!」

電話を切ると、すぐに大阪の中山に電話。

「今な、Tさんが飯田橋でな……」

あっという間にTさんの幽霊目撃談(というより幽霊を目撃している人を目撃した話)が大阪にまで伝わった。

幽霊の住みにくい世の中。そのうち幽霊目撃の数分後にはテレビクルーが到着、ということにもなりかねないのではないだろうか……?

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