動かすなっ!(静岡県伊豆市) | コワイハナシ47

動かすなっ!(静岡県伊豆市)

Mさんという会社員が、奥さんと五歳になる娘を連れて伊豆に旅行に行った。

部屋を案内され、障子をすうーっと開けた瞬間、重い空気が流れてきて、何となく嫌だなと思ったという。それでも立派な古い旅館なので、家族の前ではニコリと笑って「いい部屋じゃないか」と、あたりを見回した。と、窓のそばに古い鏡台がある。外すと手鏡になる円い鏡。ひどく古いもののようだ。

これがなんだか気になった。

普通こういう鏡台は、壁にピッタリとくっついているものだが、この部屋のものは壁から離れているうえに、斜めを向いている。

Mさんは、この鏡台を壁にくっつけようとして、つかつかとその前まで歩いて行った。手を触れようとしたその瞬間、後ろについてきた娘が、

「動かすなっ」

男の声を発した。

「えっ……」と、それっきり鏡が動かせなくなった。

「お前、何言ったんだ……」と言うと「なあに?」と娘にはもうそんな気配はない。

その夜、娘が寝つけないでいる。

慣れない旅行で疲れているはずなのに、仰向けになったまま、部屋の天井と壁の境目あたりを見て、こく、こく、と首を振っている。

「何してるの?」と奥さんが聞くと「数えているの」と言う。

そういえば小さな声で「はち、きゅう、じゅう、じゅういち……」と数を口にしている。

「何を数えているの?」

というと「ひと」と言う。

「何の人?」

「人があそこを歩いてるの。それでいったい何人いるのかなあって、数えてるの」

「あなた……」と奥さんが声をかけて、真っ青な顔をしている。

「わかった。部屋、替えてもらうよ」とMさんは帳場へ行くと「ああ、いいですよ」と簡単に部屋を替えてくれたのである。

部屋を替えてくれ、といった時、理由も求めずにすぐに替えてくれた旅館の人の態度を見て、Mさん夫婦はもっとゾッとしたという。

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