昨夜の子(兵庫県三田市) | コワイハナシ47

昨夜の子(兵庫県三田市)

もうずいぶん以前のことだが、兵庫県の三田市郊外に廃墟となった病院が残っていた。

地元の人たちが通称〝軍人病院〟と呼ぶ場所である。

ここにFさんたちが、真夜中に入り込んだ。

もちろん目的は〝肝だめし〟である。

深夜近く、十一人の仲間が六台の車に分乗して、神戸市内から病院へ向かった。

病院は鬱うつ蒼そうとした山の中にあるらしく、途中で車を下りてそこから少し歩く。各々が懐中電灯を手に草木をかきわけて進むと、やがて朽ち果てた大きな建物が見えた。多分、三階建ての建築物だったのだろうが、床が落ちていて残っていたのは一階部分だけであったという。

正面玄関の前に、別の若い人たちの十人前後のグループがたむろしている。話しかけてみるとやはり肝だめしに来たものの、怖くて中へ入る勇気がないと言っている。

「おい、俺たち、どうする?」と仲間のひとりが言うので「せっかく来たんや、入ろうや」とFさんたちは虚勢をはった。

それぞれの腰にロープをつけた。お互い身体を寄せ合いたかったのと、誰かが行方不明になるのを防ぐためだったそうだ。

玄関に踏み入る。

おそらく昔は木製の立派な扉だったと想像できるが、今は扉の原形がわずかに残っているだけだ。一歩中に入った。と、その途端、ゾッと寒気が全身を襲った。

明らかに建物と外界との間に、目に見えぬ境目がある。中の空気が建物の中に閉じ込められていたからか?いや、そんなはずはない。朽ちた壁、天井もない。見上げると星空がある。

だが、重く息苦しいような冷たい空気が建物の中に留まっているのだ。

正面には大きな廊下。その両端に待合室や病室らしき部屋がある。息を殺しながら恐る恐る廊下を行く。と、突き当たりにも部屋がある。部屋の扉の上に、かすかに〝手術室〟と読める札がかかっている。

部屋に入る。懐中電灯が闇の中心部にある大きく光るものを照らした。手術台だ。その周りには手術用の道具や薬瓶などが散在している。メスなどは錆さびてはおらず、ピカピカに光っていたそうだ。吹きさらしなので壁が朽ちている場所もあるが、風はない。しかし、ギギィと手術室の扉がきしんで勝手にバタンと閉じる。

その時、冷たい空気が生暖かい空気に急変した。扉向こうの廊下の奥にある、足を乗せるとボソッと抜け落ちそうな階段を、パタパタと誰かが駆け上がったかと思うと、今度は駆け下りる音が聞こえる。

と、バアーンと、すごい音をたてて木の柱が倒れてきた。

「わあーっ!」とさすがにみんなは悲鳴をあげて駆け出し、病院を出た。走りながら互いをつないだロープを取った。そしてそのまま各々バラバラに神戸へ帰っていったという。

Fさんはこの時、Nさんという友だちの車で家まで送ってもらった。帰宅したのは明け方の六時頃だったという。

その日の夕方、ふたたびみんなで集まって昨夜の話をした。

するとNさんが「ところで昨日の子、可愛かったよなあ」と言う。

「昨日の子って?」とみんなが怪訝な顔をすると「ほら、俺がナンパした女の子。Gパンに髪の毛の長い女の子やん」とNさんは言う。

「そんな子、おったか?」とみんなは顔を見合わす。

Nさんはなお得意になって、女の子の話をする。

話によるとどうもNさんは、病院の入口にたむろしていたグループの中に、黄色いTシャツにGパン姿の髪の長い可愛い女の子を見つけて、口説いたらしい。するとその女の子はふたつ返事でOKして、一緒に病院の中を探検したのだという。

「おい、そんな子、俺ら見てないぞ」とみんなは言うが「おったやないか、俺、あの後その子と寝たぞ。なあおい、F、一緒に俺の車乗ってたやんか、なあ」とNさんは言う。彼の話によるとFさんを家に送り届けた後、彼女とふたりでホテルに行ったという。

Fさんは、はっとした。

そういえば、送ってもらっている最中、Nさんと話していると急に誰もいない後部座席に向かって「なあ、そやろ」とか「家、どこ?」とか話しかけていたのだ。

「なあN、そんな子、ほんまにおらんかったぞ」

とNさんに誰もいなかったことを説明する。

「お前、誰もおらへん座席に向かって話しかけてたんやぞ」

するとみるみるNさんの顔が真っ青になった。

ホテルで、実は奇妙なことがあったというのだ。「妙なことって?」とみんなが聞くと、「それは……」と言ったきりNさんは口をつぐんだ。

一カ月後、Nさんは愛車を売ったという。

白かった車体が、あれからなぜか赤いインクをかけたような色になっていき、ワックスをいくらかけても取れなかったのだそうだ。そしてある日、ダッシュボードを開けてみると大量の長い髪の毛がザザザーッと出てきた。

それで車は売ったのだという。

髪の長い女の子と、あの朝ホテルで何があったのか、いまだにNさんは口を閉ざしているのだそうだ。

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