八甲田山のドライブ(青森県) | コワイハナシ47

八甲田山のドライブ(青森県)

八甲田山とは青森県の中央部にある那須火山帯に属する活火山である。

映画『八甲田山』をご覧になった方はもうご存じだろう。

明治三十五年一月、ここで世界山岳遭難史上最大の惨事が起きた。日本陸軍の青森歩兵第五連隊が寒地作戦の一環として、兵営から二十キロ余りの八甲田山さん麓ろくの田代という温泉場に向かって一泊行軍を行ったのだ。ところが猛吹雪と猛烈な寒波の中、行軍は道を見失い三日間の環状彷ほう徨こうを繰り返し、二百十人の兵隊のうち百九十九人が凍死したのである。

橇そりを引いていた犬も凍死し、人間が押す。すると汗だくになる。休息時には雪を掘って雪せつ壕ごうを作って休む。ところがこの時、全身の汗が一気に凍って全身凍傷となる。兵隊たちはわっと服を脱ぎながら狂ったようになって死ぬ。

死体が発見されたのは五月になってからだったという。

この話に限っては、そんな基礎知識が必要であろう。

青森県の大学に通っていたYさんは、そういう知識はまったくなかった。

ある初夏のこと、軽い気持ちで夜のドライブに出かけた。このドライブに参加したのは男ばかり四人。二台の車にふたりずつ分乗した。

八甲田山に入ったのは真夜中だった。

それまでは快適なドライブだったが、なぜか急に車のエンジンがおかしくなった。回転数がどんどん落ちる。後ろを友人たちの乗るもう一台が走っていた。このままでは追い越されると思ったが、なぜか車間距離は縮まらない。とうとうエンストを起こして停車してしまった。と、同時に後ろを走っていた車もまったく同じタイミングで停車している。

エンストを起こした様子だ。

同時に?

「どうして車が動かないんだ?」

と、ふっと車内の空気が変わった。

外に気配がある。暗闇の道の向こうから、何かがやって来る。

はっ、として車窓の外を見る。ザッザッザッッと重い靴音が響いて来た。かと思うと大勢の男たちに車をぐるりと取り囲まれたのである。男たちはじっと車の中を見ている。その顔だけが見える。帽子をかぶっているのはわかるが、他は見えない。全身黒ずくめなのだろうか。ともかく男たちは何も言わずに、じっとこちらを見ている。

「わあーっ!」

Yさんたちは悲鳴をあげて、車のキーを懸命に回す。が、エンジンはかからない。必死になって何度も何度もキーを回す。

(早くかかれ!早くかかれ!)

男たちはまだじっと微動だにせずに、ただ車内を覗のぞき込んでいる。

生きた心地がしない。ただエンジンが早くかかることを祈るばかりだ。

キュキュキュキュウ……、エンジンが鳴った!

Uターンするとアクセルを踏み込んで、まだ停まっている友人たちの車の横を走り抜け、全速力でアパートのある弘前市へと向かったのである。残してきた彼らがどうなっているのか、まったく頭になかった。ともかくこの場から逃げ出したい一心であった。

友人のアパートに戻ると、二階の部屋に転がり込んだ。明かりという明かりをつけて、男ふたり肩を寄せ合い、ガタガタと震えが止まらなかった。

「怖かったあ、怖かったあ、怖かったあ……」ただそう繰り返して、手を握り合っていた。三十分たったのか、一時間たったのか、アパートの下に車が停車する音がして、あとの友人ふたりが血相を変えて入ってきた。

そのふたりもその場にへたり込んだかと思うと、肩を寄せ合ってやはりガタガタ震えている。

(同じものを見たんだ)

部屋の真ん中で、男四人、身体を寄せ合って朝になるのを待ったのである。

どれだけ時間がたったのだろう……。

ザッ、ザッ、ザッ、ザッと靴音。

(ついて来たのか?)

ザッ、ザッ、ザッ、ザッ

その音がだんだん近づいて来る。

(まさか!)

ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……音が真下にやって来た。そしてドン、ドン、ドン、板の廊下を踏みしめる音に変わる。

ドン、ドン、ドン、ドン……足音が階段に乗った。

ドン、ドン、ドン、ドン、ドン……

ぬっと男の顔が扉をすり抜けて現れた。

煌々と蛍光灯のついた部屋の中、次々と男たちが入って来た。全身黒ずくめの軍服。

やって来た男は六人。その男たちがYさんたちをとり囲み、じっと見下ろしている。

ひとりが言葉を発した。

「わしはこの男の右腕がほしい」

別の男が言う。

「俺は足がほしい」

また別の男。

「わしは左手がほしい」

気絶した。

四人とも、気がついたら昼だった。

(夢だったか!)

ふっと部屋を見回すと、泥靴の跡が彼らを囲むように残っていた。靴跡は玄関から廊下、階段、部屋の中へ、べたべたと続いていた。

それから一週間、四人は熱にうなされ寝込んだという。

四十度近い熱はなかなか引かなかった。

Yさんはこの出来事が原因で大学をやめ、千葉の実家に帰った。もう二度と青森へ行くつもりはない、という。

不思議なことに六人の男たちが靴音を鳴らしてアパートに入ってきた音は、隣や向かいの住人には聞こえていなかったという。

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