誘導する声(長野県) | コワイハナシ47

誘導する声(長野県)

長野県 M・D 男 42歳 自営業

私達夫婦の趣味は山登りです。

山に登る事だけではなく、山菜を摂りに行ったり、キャンプをしたりといった山でのアウトドア全般が趣味と言ったほうが良いかもしれません。この話は、そんな山の中で遭遇した不思議な話です。

私達は五月の連休を利用して、未だ行った事のない山に入ってみる事を計画しました。その山の名前は、ここでは明記しません。

私達は整備され尽くした一般的な登山道を通って山に入るより、整備のそれほど行き届いていない文字通りの山道を通って山に入る方が好きでした。何故かと言うと、そっちの方が山の中の大自然というものを、より強く感じる事が出来るからです。今回もキャンプ道具一式を持って山の中に入りました。

「整備されていない山道が好き」と言っても、私達もそれほど若くはないので、遭難の恐れがあるような危険な地域には立ち入らないように心がけています。基本は、きちんと後戻りが出来るなだらかな道を選んで山に入っていきます。今回選んだ山もそれほど標高は高くなく、私達は軽いピクニック気分でした。

私達は数時間ほど山道を進むと川のほとりに出ました。とても綺麗で和む景観だったので、妻と一緒にここら辺で一休みする事にしました。

川のほとりで一休みしながら持って来た携帯食を食べ、山の景色の写真を撮ったりなんかして時間を過ごしていました。しばらくその川の周囲を散策していると、川を渡って向こう側の山に入れる道を発見しました。川の向こう側の景色も明るい緑が生い茂っていてとても綺麗だったので、私と妻は向こう側の山へ入ってみることにしました。

川の反対側の山の中は、今通ってきた道ほど整備されていなくて獣道のような雰囲気がありました。私達はそんな自然のままのような地形の方が好きだったので、かなり楽しみながら先に進んで行きました。獣道のような雰囲気とはいえ、道の勾配そのものは、急斜面であったり断崖絶壁であったりといった風では全く無く、非常になだらかな勾配の道が延々と続いていきます。生い茂る緑を通した陽の光も気持ちよく、私達は軽い森林浴を楽しんでいました。

私達が入り込んだ川の反対側は、人の手が入っていない道らしく草木の高さが人間の身長ほどもあるのが普通でした。初めは木々の間をぬって進んで行ったのですが、やがて私達は人間の背丈ほどの雑草をかき分けて進んでいく事となりました。このような道を通ることは何も初めてでは無かったので、私達は特に慌てることも無く道なりに進んで行きました。

草木をかき分けながら進んでいくと、目の前に二股に分かれた道が出現しました。

どちらに進もうか迷ったので、私は方位磁石を取り出し、渡ってきた川の方角に伸びている道を選択しました。このような獣道は深入りすると抜け出せなくなるので、そろそろ引き返した方が良いと判断したのです。

しばらく進んでいくと、川の音が聞こえてきました。その聞こえてきた川の音を頼りにそちらの方へ進んでいくと、川を見下ろせる場所に出てしまいました。私達は気づかないうちに、かなりの上り坂を進んでいたのです。

私達は踵を返して、元来た道も引き返す事にしました。まだ陽も高かったので、明るいうちに川の向こう側へ戻りたかったのです。いい加減に進むより、辿ってきた道を引き返すのが確実です。

引き返していると、再び目の前に二股の道が出現しました。

私達は「あれ?」と思いました。

帰り道になんで二股の道があるんだろう? そんな疑問が頭をよぎったのですが、山の地形というのは難しいので、自分の記憶をアテにせず、方位磁石の世話になる事にしました。

川の方角を示した道へと進みます。

その時でした。

「そっちじゃないよ」

後ろから妻が言いました。

「え?」

妻は、「こっちでしょ? 何処に行く気なの?」と言って、もう一本の道の方を指差しました。その道に方位磁石を向けます。川の方角を指し示しました。

私は「おかしいな?」と感じつつも、その妻に訂正された道を通る事にしました。川へと戻る山道を進んでいく道すがら、妻は何度も「こっちだよ」とか「そっちじゃないよ」と指示してきました。そう妻に言われる度に方位磁石を確認すると、確かに妻の言ってる通りの道の方が正しい方角を指し示していたのです。

私は多少、腑に落ちないものを感じつつ、妻の言う通りの道を進んで行きました。しかし、一向に川へと出る気配はありません。それどころか、明らかに通ってヽヽヽ来てヽヽいないヽヽヽ、見た事のない景色が広がって行きました。

私は不安を感じて立ち止まると、「引き返そう」と妻に言いました。妻は「え? こっちだよ」と言います。

不気味なものを感じた私は、妻の声を無視して引き返す決意をしました。そして、今まで通ってきた道の方へと振り返り、背丈ほどもある草木をかき分けた瞬間、そこに異様な空間が出現しました。

そこには地蔵が六体並んでいたのです。

正確には、三体が二列です。そして、その地蔵の首は全てありませんでした。よく見ると、地蔵の首の断面は折れたのではなく、元から首から上が無いかのような滑らかな加工が施されていました。その六体の地蔵は、明らかに元から首なし地蔵でした。

私はあまりの事に絶句していると、さらに奇妙な事を発見しました。その首なし地蔵の前には燭台があり、きちんとロウソクが立てられ火が灯されているのです。それはつまり、誰かが管理して祀っているという事です。

「こんな所に一体誰が?」

私は見てはいけないものを見たような気になって恐ろしくなってしまい、何をどうして良いか分からなくなっていると、唐突に妻がしゃがみ込み、目の前にある六体の首なし地蔵を拝み出しました。私もつられて拝みました。

拝み終わって立ち上がると、私は妻を伴って道を引き返す事にしました。目指していた川には、あれだけ迷っていたのにあっさりと戻ることが出来ました。

私は気味の悪い感じに襲われていましたが、妻に、というかこの山の中で、あの首なし地蔵について口に出してはいけないような気がしてずっと黙っていました。山から降りたあと、妻に「あの地蔵、なんだったんだろうな?」と恐る恐る問いかけてみました。

妻は「何の話?」と言いました。案の定、妻にあの川の向こうの出来事の記憶はありませんでした。私を二股の道で誘導したのは、妻の姿を借りた、妻ではない別の誰かだったのでしょう。

あれ以来、私はその山には立ち入っていません。

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