【長編】東久留米の家(東京都東久留米市) | コワイハナシ47

【長編】東久留米の家(東京都東久留米市)

東久留米の家(東京都東久留米市)

①取材に至るまでの経緯

実話怪談を仕事にして今年で十四年になる(二〇〇五年時点での話)。だが、この十四年間、あまり積極的に怪異譚を集めた記憶はない。だって怖いんだもん、という正当な理由はあるのだが、ネタ探しに汲々とする世の怪談作家から見れば、僕はかなり怠慢な取材者と言えるかもしれない。それでもやってこられたのは、妙な情報をたれ込んでくる幾多の人々に恵まれたおかげである。

今回、僕に「ある家」についての話を持ちかけてきたのは、事務所の入っている借家の管理人氏であった。仮に杜山氏としておく。

杜山氏は工務店社長を本業としている江戸っ子で、二十年近い付き合いになる。その杜山氏からメールが届いた。

「出る家があるんだけど、行ってみないか」

体験談を伺うことは度々あるし、出ると噂されるスポットに足を運んだ経験もある。が、「つい先週にも出たばかり。一度きりではなく、恒常的に出る。今も出る」というフレッシュな物件の話は珍しい。〈行きます〉と返事をして、子細を伺った。

②家について

この物件は、杜山氏の奥さんのお兄さんが所有している。東京近郊の宅地にあり、小学校のグラウンドとも隣り合う閑静な場所だ。元は栗林だった場所を拓いて、ミニ開発が行われたのが八年前。そのとき六棟建てられた建売住宅のうちの一軒を、奥さんのご実家で購入された。

間取りは二階建ての4LDK。二階に洋間二室、六畳の日本間一室、一階にも六畳間一室、それにLDK。猫の額ほどの庭と、縁側、ベランダもあるこぢんまりした戸建てである。

完成前に購入し、いずれはお兄さんが結婚されて住まう家となる予定でいたが、仕事の都合もあって当の家主はこの家には住んでいない。家族はもっぱら物置のような使い方をしており、八年近くも「時々掃除と空気の入れ換えに行くだけ」の無人の家だった。

しかし、それではもったいないだろうということで、短期貸しで知人に貸すことになった。工務店をされている杜山氏の知り合いの職人・Kさんが「現場に近いから」という理由で、この家を借りたのが昨年末。神崎さんはこの一月末まで一人でこの家に寝泊まりした。

神崎さんがこの家を退去するときの告白で、初めて「この家は何かいる」ということが明らかになった。それまでほとんどこの家で暮らしていなかった家主は怯えてしまい、義理の弟である杜山氏から、怪談屋である僕に相談が舞い込んできた……という訳だ。

③現場の実況中継

道すがら、日本酒を買った。

四合瓶をぶら下げて向かったその「家」は、どこにでもあるごく普通の家。特別おどろおどろしい印象はない。とはいえ、僕自身にそうした特別な能力が備わっている訳ではない。そうした場所に出向くときには毎回〈レーダー〉代わりにこの手の体験談に縁が濃く勘の鋭い人を伴うようにしているのだが、今回、無理矢理誘ったT君の様子を見ると、特に訝しむ様子がない。「それなら大丈夫」と判断して、家の中に入った。

T君の他、取材に同行した編集氏ほか数名には、この家に入るまで「何が起きる家」なのかについて説明はしなかった。そこで、二十四時間監視に入る前に、僕が事前取材した内容について居間で簡単なカンファレンスをした。

「この家は、音がする家だそうです。前の住人の神崎さんによれば、朝は八時から午後は夕方くらいまでの昼間のうちに、誰もいない二階から音がする、という話です。特に、えー(と壁掛け時計を見る)もうじき三時になりますが、三時前後が特に──」

──パキッ。

僕の説明を遮るように〈音〉が聞こえた。

同行者全員が居間の天井を見上げる。そして顔を見合わせた。

「……あの、今パキッって……」

「したね」「しました」「聞こえました」

全員が居間にいる。

誰も二階には上がっていない。

「えー……そういう家です」

居間に各々の荷物を置き一息入れている間に、僕は二階の様子を見ることにした。

南に二間、北に一間。居間の真上にある南の洋室はもちろん無人で食器棚がひとつある以外は椅子もない。北側の洋室には、大きなキリンのぬいぐるみが、でん、と置いてあった。このぬいぐるみは、家主がこの家に引っ越した日(荷物を入れた日)に、道に落ちていたものを拾ってきたものなのだそうで、家主家族は、家の手入れに来て帰るときなどに、「留守番を頼む」と一言キリンに頼むのが常なのだと聞いている。先の神崎さんは言った。

「このキリン、いつの間にか他の部屋に来てることがあるんです」

僕は、買ってきた日本酒をキリンに供えた。

階下に降りていくと、レーダーのT君が怪訝な顔をしている。

「上は加藤さんだけ?」

「一人だよ」

「今、加藤さんが下りてきた後、誰かもう一人下りてこなかった?」

「僕だけだってば。今は上は無人」

「……おかしいな。スリッパの足音が付いてきたのに」

スリッパは誰も履いていない。無論、僕も。

キリンの間(北の洋室)と、南の洋室には、それぞれビデオカメラがセットされた。

取材に同行した西浦和氏が、キリンとそれをファインダーに収めるビデオカメラをデジカメで撮影している。数枚連続して撮ったうちの一枚にだけ、光球が写っていた。

この家は、とにかく物音が多い。

パキッ──居間の天井から。

カチャ──玄関を開けようとする音。

ぽーんん──ボールを床で弾ませる音。

この三種の音は、眠気覚ましの雑談を断ち切るほど大きく鳴り響く。同行者は訊ねた。

「家鳴りってことはないんですか?」

この家の不審な音に気付いた神崎さんは、内装の職人であり、建築関係者である。家鳴りとそうでない音の聞き分けは、素人以上だ。

その専門家があれこれと悩んだ末、家鳴りではあり得ない、という結論に達している。

二十四時間に及ぶ取材の間、僕らは明確に何かを見たということはなかった。ただ、誰かに付いて回られているような、または誰かに見つめられているような気配はあった。

監視されているのは、むしろ我々取材者の側ではなかったのか。いや、考え過ぎか。

そうして、二十四時間に及ぶ取材はある意味何事もなく終わった。事前情報の通り〈音〉は聞こえた。だが、それはやはり「気のせい」の範疇に、納めようと思えば納められる程度のものではないか、とも思った。

まあ、こんなものだろう、と。

あっけなくもあり、安心もある。何事か起こることを期待して行った取材だが、空振りであることに不満はない。杜山氏と家主さんには「気にするほどのことはありませんでしたよ」と伝えれば、安心してもらえるだろう。

戸締まりを確かめ、キリンに供えた酒を回収し、玄関の門扉に塩を盛って、僕らはその家を後にした。

④後日談・総括

この見物行は怪談である。ので、怪談にふさわしく、ふたつほど後日談をしよう。

ひとつは、ビデオカメラの内容について。

編集部がセットしたビデオには二十数時間分の映像が録画・録音された。残念ながら怪しい画像や決定的な映像は得られなかった。が、ひとつだけ気になる音が残されていた。

──はぁぁぁぁ……

深い、男の溜息。

居間の真上の洋室で、零時過ぎくらいに記録されたものだ。見ず知らずの家に上がり込んできて頑張っている我々に、溜息を吐きたくなる気持ちも分からないではないのだが。

そしてもうひとつは、取材終了当日の話だ。

僕の自宅は築四年目になる比較的新しい家だ。木造三階建て、寝室は一階。元々家鳴りの多い家だったのだが、この日は一際うるさかった。時間は夜中の二時くらいから明け方の五時近くに掛けて。

──パキン。ぺき。パキ。パキ。パキ。

布団に入ってもなかなか眠れない。

時間にすると、大体一時間足らずの間に五十回以上。鳴り過ぎだ。

時々、二階の床に固いものを落としてけたたましく走り抜ける音も聞こえる。これは多分、うちで飼っている猫の仕業だろう。まったくしょうがないな……と、薄目を開けると、猫は僕の足下でとぐろを巻いている。「あれ?」と気付いた後も、どどど、と床を踏みならす音が天井から続く。暗い天井付近を見上げると、壁と天井の継ぎ目辺りを何か黒い靄のようなものが頻りに移動しているのが見えた。音はそこから聞こえている。靄の移動に合わせて、家鳴りの場所も変わる。

二十四時間取材の件を杜山氏に報告した折、そんな話をした。

「いやあ、うちなんか築四年だけど未だに家鳴りしますよ。一時間に五十回くらい」

すると、工務店社長である杜山氏は言った。

「加藤君。それはねえよ。絶対ない」

家鳴りっていうのは、木が吸湿や乾燥で反ったり割れたりして起こる。木の限界まで歪み、限界を超えたところで鳴る。温度差や乾湿が毎日起こることはあり得るかもしれない。

「でも一時間に五十回つったら、一分に一回だろ。そんなペースで鳴るなんてあり得ない」

「そうか。そういや、そうですね」

どうも〈何か〉を連れて帰ってきてしまったらしい。

僕は「多分、あの家にはもう何も起きないと思います」と付け加えておいた。

あの家にいた〈何か〉は、今も僕の家にいる。今は、我が家の無口な猫が、しばしば僕の顔を見つめて〈人語らしきも〉のを小声で呟くようになったことだけが、心配の種である。

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