井戸(福岡県) | コワイハナシ47

井戸(福岡県)

井戸と言えば、昔なら番町皿屋敷のお菊さん、最近なら貞子のテリトリーとして知られている。今どき井戸なんて……と思われるかもしれないが、九州北部では今も井戸水を利用している家庭は割とたくさんある、と聞いている。

水場として暮らしとの関わりあいが深い辺り、井戸というのはよくよく特別な場所なのである。

木村さんの旦那さんが体調を崩し始めたのは、仲間と出かけた夜釣りから帰った後のことだった。

木村さんの心配をよそに、旦那さんは大して気にも留めていないようだった。

「いいっちゃ、いいっちゃ。こんなん、暖かくして寝とけば直るき、そんな大騒ぎしよったら恥ずかしかろ」

夜風にも晒されたことだし、最初は軽い風邪かと思っていた。

しかし、熱は一向に下がる気配を見せない。

「お父さん、やっぱりお医者さん行ったほうがいいんやない?」

医者を嫌がる旦那さんをせき立てて近くの病院で診てもらったが、特に原因がある訳でもないようだった。風邪でもないし、他に熱の出るような病因も見当たらない。

「解熱剤出しておきますから、とりあえず様子を見ときましょう」

医者が言う「とりあえず様子を見る」というのは、「打つ手なし」と同義語である。出してもらった解熱剤の効果も、ほとんど期待できなかった。

結局、訳も分からないまま謎の高熱にうんうん魘される毎日が一週間も続いた頃、心配して見舞いに来てくれた近所の釣り仲間がある提案をした。

「ここらへんに宮坂さんちぃ拝み屋さんがおるけん、診てもらわんね?」

木村さん一家はその手の話とはまるで縁がない家だったので「拝み屋なんて……」と胡散臭くも感じた。そもそも、近所に拝み屋がいることすら初耳だった。

ただ、医者には既に匙を投げられているし他に打つ手がある訳でもなし、藁にも縋る思いでその提案に乗ってみることにした。

拝み屋と言っても、誰もが修験者のようないかにも宗教家でございという風体をしている訳ではないようで、宮坂さんという拝み屋さんはどこにでもいそうなフツーのおじさんだった。

そのフツーのおじさんは、訪ねてきた木村さんを見るなり開口一番こう言った。

「あんた、龍神様が怒っとるよ」

「はあ?」

「旦那さん、一週間くらい前に釣りに行ったやろ? 釣りの餌をあんたんとこの井戸の蓋の上に置きっぱなしにしとるけん、龍神様がえらい怒っとるんよ」

木村さんはお礼もそこそこに家に取って返すと、自宅の庭にある井戸を確かめた。

確かに、井戸の蓋の上に釣り餌が放置されてあった。

大急ぎでその餌を片付け、井戸の周りを綺麗にして龍神様に謝ると旦那さんの熱はみるみるうちに引いていった。

「やけんね、他は知らんけど、少なくとも龍神様はおるとよ」

木村さんは、拳を握りしめて力説した。

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