一人多い(東京都) | コワイハナシ47

一人多い(東京都)

最近でこそ、やれNiftyだ、インターネットだ、MACだ、DOS/Vだ、時代はマルチメディアだと、世の中がコンピュータづいてきている。コンピュータ同士を繋ぐパソコン通信は、確かに幽霊とは無縁なデジタル世界に思えなくもないし、怪談が嫌いな方から見れば安全地帯のように思われるかもしれない。

しかし、人間が関わっているところには、いかなる場所にでも怪談がある。二十一世紀を迎え、人類が宇宙で暮らす時代が来ても、宇宙船の中を徘徊する幽霊の話や、コンピュータに巣くう悪霊の話は、絶対に誰かが体験するに違いない。

そういう未来を予感させずにはおかない、コンピュータ絡みの怪談をひとつ。

長谷川君はちょっと年季の入ったネットワーカーだった。

彼の場合、Niftyのような大手商業ネットにはあまり出向かず、気のあった仲間だけが集まるサロンのような草の根ネットを渡り歩いていた。中でも友人がSYSOPを務めて主催している「GGL」という草の根ネットを、自分の主な連絡先としてパソコン通信仲間との連絡や仕事に使っていた。

ある晩、仕事の合間に息抜きをしようと思い、行き慣れたGGLにアクセスした。

パソコン通信というものは、主催者であるSYSOPが持っている「ホストコンピュータ」と会員の持っている端末コンピュータを電話回線で繋いで、文字やCGなどのデータをやりとりするものである。

GGLというネットのホストコンピュータには、八つの電話回線が繋がれていて、同時に八人の会員がアクセスすることができた。複数の会員がネットで出会えば、自然に始まるのがCHATである。

GGL‐9013: こんばんわー

GGL‐0408: あー、どもどもー

GGL‐0358: お久しぶりです

CHATとは、言ってみればコンピュータを使って文字だけで行う筆談のようなものである。ホストコンピュータの中に設けられた「CHATルーム」と呼ばれる領域に、アクセスしている会員達が次々に入ってきては、見慣れた仲間に挨拶を送りあう辺りから会話が始まる。

たまさか、誰か二人くらいがCHATを始めると、それを見つけた他の会員が次々にCHATの輪に入ってくるのは、パソ通ではありふれた光景ではあった。

話題はと言えば大概は他愛ないものばかりで、喫茶店に集まっていつ果てるともなく続ける雑談にも似ている。

GGL‐0408: このあいだ水族館に行ったときの写真できた?

GGL‐0210: ああ、イルカの奴ね。焼き増し要る?

GGL‐9013: イルカだけに「いる」……ってことで

GGL‐0381: (笑)

馬鹿話で盛り上がっているところに、SYSOPがアクセスしてきた。電話回線は全て埋まっているので、自分の部屋においてあるホストコンピュータに、直接他のコンピュータを繋いでアクセスしているらしい。

GGL‐0332: あっ、SYSOPだ

GGLSYSOP: フルタスク(満員御礼)ですね

回線が全て埋まってしまうことをフルタスクという。ネットが賑わっている証拠でもあるが、こうなってしまうとそれ以上は誰もアクセスしてくることができない。定員は、SYSOPも入れて九人まで、ということになる。恐らく、このフルタスクが続く限りは、入りたくても入れない会員も出ていることだろう。

三時間ほど駄話に花を咲かせ、明け方近くにその日のCHATはお開きになった。

GGL‐9013: そろそろ仕事に戻るわ

GGL‐0332: 大変だね。僕はもう寝ます。おやすみ

GGL‐0381: さよなら

GGLSYSOP: おやすみなさい

日が昇り新しい一日が始まるまでの僅かな時間、束の間の睡眠を取るために、ネットワーカー達は散り散りに去っていった。

翌日、CHATの経過を記録したファイルを整理しているうちに、長谷川君は奇妙なことに気付いた。

「……GGL‐9013、GGL‐0210……やっぱり一人多いな」

夜の二時から四時までの丁度二時間の間、メンバーの入れ替わりはまったくなかったはずだ。だから、CHATの記録には九人分のID番号が残っていなければならない。ところが、何度数え直してもID番号は十人分ある。途中でネットから抜けた人がいて、その人の代わりに誰か別の人がCHATルームに入ってきたというのなら、それも分かる。だが、それらしい形跡がどこにもないのに、ID番号だけは十人分が記録されているのだ。

不審に思った長谷川君は、いつものようにGGLにアクセスしてみた。やはり回線は八回線しかない。SYSOPの分を入れても九回線しかないことは間違いなかった。

GGL‐0268: よっ。長谷川ちゃん、どーしたの?

GGL‐9013: うん……昨日のCHATのファイルを見たんだけど変なんだ

GGL‐0268: やっぱり?一人多いでしょ?

最初に出くわしたネット仲間も、開口一番に長谷川君と同じ疑問を送ってきた。

彼の指摘に従って改めてファイルを読み直してみると、一人だけ無難な答えしかしていない会員がいた。

GGL‐0381: (笑)

GGL‐0381: うんうん

GGL‐0381: そうそう

そのID番号の持ち主は、たまにしか現れない人物だった。ネット仲間の間で開かれる宴会や旅行にも滅多に顔を出さない。長谷川君自身はまだ一度も直接は会ったことがない人物だ。

GGL‐9013: ねぇねぇ、GGL‐0381って誰だっけ?

GGL‐0268: 河上さんって人でしょ

GGL‐0210: ここ数カ月、ネットでも会ってないな

丁度SYSOPが現れたので、事情を説明してみた。

GGLSYSOP: あはは。そんな馬鹿な話ある訳ないでしょ

GGL‐9013: でもファイルには残ってるんですよ。十人分のIDが

SYSOPは暫くの間、信用してくれなかったが、CHATに居合わせた人間が口々に「俺のファイルにも十人いる」と言い出したので、「少し調査してみる」と言って、CHATルームから出ていった。

暫く雑談しながらSYSOPを待っていると、彼は意外な答えを持って戻ってきた。

GGL‐0268: お帰り。どうだった?

GGLSYSOP: それが……変なんですよ

GGL‐9013: やっぱり変でしょ

GGLSYSOP: 河上さん、やっぱりその時間にはアクセスしてないですよ

SYSOP氏は問題のCHATをしている時間に誰がGGLにアクセスしてきたのかという記録を、全て洗い直してみたのだそうだ。ホストマシンのメモリの中には、SYSOP氏自身を含めて、そのときアクセスしていた全員が何時から何時までGGLにいたか、どの回線を使っていたかなど、全ての情報が残っていた。

しかし、その記録の中に「河上さん」のID番号は残っていなかった。つまり、河上さんはアクセスなどしていなかったのである。

GGL‐9013: そんな馬鹿な!ファイルにも残ってるのに!

GGL‐0408: 僕のファイルにだって残ってる。本当にいたはずなんだ!

GGLSYSOP: でも、いるはずがないんですよ。

GGLSYSOP: 今、彼女の自宅に電話してみたんですけど……

GGL‐0268: 何て言ってました? 彼女

GGLSYSOP: 家の方が出て……亡くなったそうです。三カ月くらい前に

ネットワーカーがパソコン通信を止めて寝床に入るときの挨拶は、「おやすみ」が多い。ログアウトしたら、後は寝るだけだからだ。しかし、思い起こせば彼女の挨拶は「さよなら」だった。普通に使われる挨拶だが、少なくとも長谷川君の周りでそれを別れの挨拶に使うネットワーカーは多くない。

河上さんのそれは、まるで永い別れを惜しむ挨拶のようにも感じられた。

シェアする

フォローする