シャープペン(九州地方) | コワイハナシ47

シャープペン(九州地方)

「はい、はい……あ、ちょっと待って下さい。……何か書く物貸して!」

「はい、どーぞ。大事に使って下さいね」

そう言って深雪が手渡してくれたのは、ずっしりと重たいシャープペンだった。電話の用件をちょっとだけメモするのには、誠にもったいないようなしっかりした作りの物だ。

「何だか、やたら頑丈そうなシャープペンだね。君の?」

「うちの父親から譲り受けた物なんですけどね。今は咄嗟に渡しちゃったけど、普段はここ一番ってときにしか使わないようにしてるんです。手にしっくり馴染むし、これに持ち替えた途端にさくさくと物が書けるようになるんですよ」

「お気に入り?」

ええ、まぁ……と言いながら、アシスタントの深雪嬢はそのシャープペンの由来について話してくれた。

彼女がまだ小学校の低学年だった昭和五十年代頃、巷では百円程度で買える安いシャープペンが流行っていた。が「シャープペンを使うと字が汚くなるから」という理由で、彼女の通う九州の小学校ではシャープペンは使用禁止になっていた。

ところが、当時通っていた塾に行くと同級生はみんなシャープペンを持っている。どれも色とりどりで可愛い物ばかりだった。友人が持っていれば欲しくなるという気持ちはどうしようもないもので、羨ましくて仕方ない深雪嬢は、塾から帰って猛烈に駄々を捏ねた。

「シャープペン買って!買って!買って! みんな持ってると! 買ってくれなかったら、もう勉強しない! 塾行かない! 学校行かない! 今からすぐに買いに行くからお金ちょーだい!」

小学校の低学年と言えばまだまだ幼児と変わらない。その駄々の捏ね方たるや凄まじいモノがあった。泣くわわめくわ臍を曲げるわ、泣き疲れて寝たら目を覚ましてまた駄々を捏ねるわした挙げ句、とうとう彼女の父親が折れた。

「分かった分かった。じゃあ、父さんのシャープペンをやろう」

「要らない。だって、早苗ちゃんが持ってるのみたいな綺麗な色じゃない」

「いいか、深雪。これは凄く〈いいもの〉なんだ。お前の友人が持ってるような綺麗なのではないかもしれんが、もっとずっと〈いいもの〉なんだ」

元々、そのシャープペンは彼女の父親が学生の頃に使っていた物らしい。色や形は少し古びた金属製の重たい作りの物だったが、高校の入学式の記念品として手に入れた後、受験や国家試験といったここ一番の勝負時には欠かさずこのシャープペンに念のひとつも送りながら挑戦し、必ず一発合格を果たしたという、非常にありがたい逸品なのだ。

「父さんの宝物なんだが、お前がそんなに欲しいと言うならこれを譲ってやる」

とにかく「普通のよりいいもの」という一言に魅了された深雪嬢は、そのシャープペンを嬉々として譲り受けた。

「で、効果のほどはあったの?」

「そりゃもう。高校受験もこれで受験して合格したし、英検も四級船舶の国家試験もこのシャープペンで一発合格でした」

「でもさ、それって結局君の実力で受かったってだけなんじゃないの?」

「そうでもないんですよ。このシャープペン使ってたって、本当にこの一番ってとき以外は全然ダメでしたからね。赤点には利かないんです。それに、これを使ってると……ほら」

深雪嬢の字は、ちょっと右上がりになる癖がある。だが、目の前で四角い原稿用紙のマスメにきっちりと収まっていく角張った字は、見覚えのない男っぽい文字だった。

「父の字です。これを使うといつもそうなんです」

意識して変えようとしても、このシャープペンを使っている限りいつの間にか父親とそっくりな角張った字になってしまうのだそうだ。

ちなみに彼女の高校受験のときも四級船舶の受験のときも、そして今も彼女の父親は存命である。

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