雨鬼(群馬県伊勢崎市) | コワイハナシ47

雨鬼(群馬県伊勢崎市)

現在七十二歳のDさんから、数年前に伺った話である。彼は元教師で、大学までは陸上競技の選手として活躍していた。

昭和四十年代、六月の晩。群馬県南東部の伊勢崎市郊外に住んでいたDさんは、車で飲み屋街まで行き、焼き鳥屋で酒を飲んだ。彼は酒に滅法強く、その頃は今と違って飲酒運転の取り締まりが厳しくなかったことから、車を運転して帰ろうとした。焼き鳥屋を出ると、小雨が降っていた。少し濡れながら車に乗り込んだが、勃然と、まっすぐ家に帰るのはもったいない気がしてきたという。

まだ二十代前半だった彼は、教師になったばかりで独身生活を送っていた。

(どうせアパートに帰ったって独りだものな。いい女がいたら、声をかけてみるべえか)

とはいえ、今もそうだが当時の伊勢崎の街は寂れていて、〈いい女〉はなかなか見つからなかった。車を流すうちに国鉄(現在のJR)伊勢崎駅前までやってきた。すると、白い浴衣を着て草履を履いた女が一人、駅舎の軒下で雨宿りをしている。年の頃は二十歳くらいか、軒下に可憐な白い花が咲いているように見えた。

「こんばんは!誰か待ってるの?」

「いえ、電車がなくなったので、家に帰れなくて困ってるんです」

「じゃあ、送ってあげるから乗りなよ」

女のほうも、まんざらでもなかったようで、すんなり乗ってきた。石鹸の甘い香りがする。

「家はどこ?」

「桐生のほうです」

桐生市は伊勢崎市から見ると、赤堀村(現伊勢崎市)、笠懸村(現みどり市)を挟んで東北にある。Dさんがそちらへ向かって車を走らせていると、途中で女が言った。

「大胡へ行って。私の家、そっちなの」

「えっ、大胡?家は桐生じゃないの?」

「家は粕かす川かわなの」

大胡町は前橋市を挟んで伊勢崎市よりも北にあり、粕川村はその東隣にあって、どちらも赤城山の南面に当たる(現在はともに前橋市)。

(何だこの女、変なことばかり言いやがるな……)

Dさんは訝しく思い始めた。

さらに女は「あっちへ行って」「こっちへ行って」と指示をするのだが、それが支離滅裂なのである。Dさんは赤信号で車を停めたときに改めて女の姿を見て、驚愕した。白い浴衣だと思っていたのは病院の入院服であり、草履ではなく、突っ掛けサンダルを履いている。某所に精神病院があって、たまに脱走する患者がいる、という噂話は彼も知っていた。

(うわ、あそこの入院患者だったのかな?やばい女を乗せちゃったなぁ……)

おかげで酔いもすっかり覚めてしまった。女を警察に引き渡すことも考えたが、それでは飲酒運転が警官にばれてしまう。どうしたものか、思案しているうちに電話ボックスがある場所までやってきた。周りに民家は一軒もない山の中である。

「電話をかけたいの。一旦降ろして」

女がせがむので降ろしてやった。車のエンジンは掛けたままの状態で、見ている者は誰もいない。逃げるには絶好の機会であった。女が五、六メートル離れた電話ボックスに入っていったのを確認してから、Dさんは車を発進させようとした。ところが、

「置いていかないでっ!置いていかないでようっ!」

電話ボックスの中にいるはずの女が、いつの間にか車の真横に立っていた。運転席のドアガラスに縋りつき、必死の形相で叫んでいる。気が動転したDさんは女を無視し、泡を食ってその場から逃げ出していた。

しかし、それだけでは終わらなかったのである。

真っ暗な田舎道を数百メートル走ったところで、同じ女が暗闇から飛び出してきたのだ。女は手を振りながら、何事か叫んでいた。まっすぐに突っ込んでくる。

「危ねえっ!」

Dさんはブレーキを強く踏み込んだが、間に合わなかった。女をもろに撥ねてしまう。その衝撃を感じた途端、車が左手に進路を変えた。彼自身がハンドルを切った覚えはなかった。車が勝手にそちらへ動いたそうである。

道路の左手にガードレールはなく、路肩の向こうは崖で、下には細い川が流れていた。Dさんは車ごと、その川原へ転落してしまう。

車は岩に激突して横転し、ドアが壊れて開かなくなった。Dさんはガラスが割れた窓から、苦心して外へ這い出した。両足を強打していて痛みがひどく、立ち上がることができない。

雨の降りが強くなっていた。この崖を登らなければ、助けを呼ぶことも叶わないだろう。元陸上選手で身体能力が高いDさんは、傾斜が緩やかな場所を探して這い上っていった。斜面が急な場所があると上手く登れず、横へ移動して、また登れそうな場所を手探りで探す。

高さ七、八メートルの崖を登り切るのに三十分もかかった。身体中がびしょ濡れになり、泥まみれになっている。降り頻る雨の中、やっと道路まで這い上がると──。

撥ねたはずの女の姿は路上になかった。

Dさんは夜が明けてから、軽トラックで通りかかった農家の夫婦に発見され、救急車を呼んでもらうことができた。だが、一晩中雨に濡れていたせいで、肺炎を起こして一時は命が危なくなった。危篤状態から脱したのちも、すぐには歩くことができなかった。両足を複雑骨折していたためで、大きな手術を受け、長いこと辛いリハビリを行って、ようやく歩けるようになったという。

快復してからの彼は、真面目で熱意のある教師に変わったそうだが……。

のちに同じ川原に車が転落し、運転していた若い男性が亡くなる事故が発生している。Dさんは地元の新聞に掲載された小さな記事を目にして、その事故を知り、

(あの女の仕業だ!)

と、胴震いせずにはいられなかった。

やはり、雨が降る夜のことだったそうである。

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