夜の一本道(群馬県高崎市) | コワイハナシ47

夜の一本道(群馬県高崎市)

S美さんは大学を卒業してからも東京で働いていたが、結婚すると高崎に戻ってきて、実家近くのマンションに新居を構えた。

冬の晩のことである。彼女は地元の幼馴染みから飲み会に誘われ、徒歩で十分程度の居酒屋へ行くことになった。新居からその店まで行くには、表通りか裏通りのどちらかを選ぶことになるが、表通りはやや遠回りになる。片や裏通りは長い一本道で、車は一方通行であまり通らず、街灯も少ないため、夜間は都市部にしては暗く、通行人も多くない。S美さんは気が進まなかったが、集合時間に遅れそうだったので裏通りを選んだ。

午後七時過ぎ、彼女が裏通りの歩道を足早に歩いていると、前方に人影が見えてきた。同じ方向へ歩いている。

その人影が、やけに黒かった。

辺り一帯は確かに暗いのだが、沿道に建ち並んだ民家から点々と灯りが漏れているので、墨で塗り潰したような真っ暗闇というわけではない。にも拘らず、相手の姿は頭や手足の先まで真っ黒で、性別や年恰好はわからなかった。中肉中背の男性のようにも、大柄な女性のようにも見える。ゆっくりと歩いていた。

(黒い服を着ているのかしら?)

初めはさして気にならなかった。S美さんは女性としては歩くのが速いほうだし、とくにこのときは急いでいたので、一気に人影を追い越そうとした。

だが、そこで相手の足が急に速くなった。なかなか距離が縮まらない。五、六メートルの間隔が開いた状態が続き、すぐには追いつくことができなかったという。

やがて黒い人影が変形を始めた。楕円形をしていた頭が尖ってきて、三角形に変わると、両手を水平に大きく広げ、左右にゆらゆらと揺れ出した。さらに、つい先程まで二本足で歩いていたのに、いつの間にか一本足になって前方へ飛び跳ねている。その姿はまるで案山子かかしか、巨大な弥や次じ郎ろ兵べ衛えのようであった。

(あ、人間じゃないんだ!)

〈黒いモノ〉は変形を続けて、胴も顔よりも大きな三角形に変わってきた。その姿は、どことなく串に刺さったおでんのようでもある。また、足の数が減ったせいか、前進する速度が落ちていた。

どうしよう──少しの間、戸惑ったが、怪異を見慣れているS美さんは、早くこの一本道から抜け出そうと決意し、一気に〈黒いモノ〉を追い越すことにした。歩道の横幅は一メートル余りしかない。追い越す際に接触したくなかったので、車が来ないのを確認すると、一旦車道に下りて歩く速度を上げ、距離を詰めていった。

しかし、いよいよ真横に並んだとき、つい気になって相手のほうを見てしまった。その瞬間に気づいたのだが、〈黒いモノ〉にはほとんど厚みがなく、紙のように薄い姿をしていた。完全な平面で、前後にひらひらと力なく揺れている。それでも一歩、前に跳ねた。

(何なのよ、こいつ!?)

五メートルほど追い越してから、歩道に駆け上がって、また振り返ってみると──。

今度は一転して、〈黒いモノ〉には人間と同じ程度の厚みが生じていた。つまり横からは平面に見えるのだが、後ろや前からは立体に見えるものらしい。

おまけに〈黒いモノ〉は、突然力強く、ばね仕掛けの玩具のように一本足で跳ねながら追いかけてきた。これまでとは速度が違う。

(やだ、気持ち悪いっ!)

S美さんは肝を潰し、懸命に走って逃げた。走りながら振り返ると、〈黒いモノ〉は一段と速度を上げて追走してくる。捕まったらどうなるのかわからないが、だからこそ捕まりたくはなかった。S美さんは全力疾走で逃げ続けた。

居酒屋や飲食店が多い十字路まで来ると、夜道が明るくなる。幸い信号が青だったので、横断歩道を渡ってから、また振り返った。

すると、〈黒いモノ〉は十字路の角に佇んでいた。追ってくる気配はないようだ。裏通りはまだ一直線に続いているのだが、この十字路から先へは行けないらしい。

S美さんはひと安心して立ち止まった。いきなり走ったので息が切れて胸が痛い。〈黒いモノ〉の姿を凝視すると、三角形をした頭部には、髪の毛らしきものはまったく生えておらず、顔に目鼻や口はなく、ただ真ん中に大きな丸い穴が一つ開いていた。それは後頭部まで貫通していて、穴の向こうから街灯の光が差し込んでいる。胴や手足に衣服は着けていないのか、表面は黒いだけでつるりとしていた。

もう大丈夫だろう、と判断したS美さんは集合場所の居酒屋へと急いだ。途中で何度も振り返ってみたが、〈黒いモノ〉が追いかけてくることは二度となかった。

けれども、それ以来、夜間にこの一本道を通ることは避けているという。

シェアする

フォローする