屋敷蛇(群馬県高崎市) | コワイハナシ47

屋敷蛇(群馬県高崎市)

高崎市出身のS子さんが、子供の頃に祖母から聞いた話である。

当時、S子さんの祖母は五十代後半であった。同居はしていなかったが、同じ町に住んでいて、共働きの両親の代わりによく面倒を見てもらっていた。祖父母の家は庭に昔から大きな蛇が棲み着いていた。それは長さが二メートルを優に超えるアオダイショウで、胴回りは幼かったS子さんの腕よりも太く見えたそうである。

祖父母はその蛇を嫌っていなかった。毒蛇ではないし、昔の家屋にはネズミが侵入してくることが多く、アオダイショウはそれを食べてくれるからだ。そのため家を守ってくれる神聖な〈屋敷蛇〉と考え、決して傷つけないようにしていた。

ところで、その頃、S子さんが生まれ育った町では、老人が急病で次々に亡くなっていた。疫病が流行していたわけではなく、二十代から四十代の人々も事故や自殺などで数人が亡くなったのだ。町では葬式が頻繁に行われ、誰もが不安に思い、気味悪がっていたという。

そんなある夜、祖父母が仏間に布団を敷いて寝ていると、祖母は夜中にふっと目を覚ました。時計を見れば、午前二時過ぎである。

(丑三つ時か……。変な時間に目が覚めちゃったなぁ)

祖母がそう思ったとき、廊下のほうから幽かな物音が聞こえてきた。この部屋は祖母から見て左側に障子、その向こうに廊下がある。

ぱさ……。ぱさ……。ぱさ……。ぱさ……。障子にハタキを掛けるような音であった。廊下に何かがいて、障子を擦っているのだろうか。

ぱさっ……ぱさっ……。ぱさっ。ぱさっ。ぱさっ。ぱさっ。

音が大きくなり、間隔も短くなってくる。祖母の双眸には障子の向こうに誰かが立っているのが見えた。仏間も廊下も真っ暗だったし、ましてや障子が閉まっているというのに、どういうわけか、障子がガラス戸のように透けて見え、相手の姿が確認できたという。

白い着物を着て俯き、長い髪を垂らした女であった。頭を何度も左右に振って、腰の辺りまである豊かな髪の毛を障子に擦りつけている。顔はよく見えなかった。

(あっ、これは生きた人間じゃない!)

元来〈見える人〉である祖母は、そう直感した。

女の頭の振り方が激しくなってくる。それとともに、ざあ、ざあ、という箒で掃くような音も聞こえてきた。ぱさっ、ざあ!ぱさっ、ざあ!ばさっ、ざあっ!ばさっ、ざあっ!ばさっ!ざざあっ!ばさっ!ざざざあっ!ざざざざざあっ!

まるで憎悪の念を込めて髪の毛を硬化させながら、障子に叩きつけているかのようだ。

(これは、悪いものが来てしまった──)

祖母は同じ町から続々と死者が出ていることを思い出した。この女が関係しているのかもしれない。たちまち全身に震えが走る。隣で寝ている祖父を揺り起こそうとしたが、なかなか起きてくれなかった。駄目だ、と祖母は布団を頭から被った。

(気づかないふりをしよう。その間にいなくなっておくれ)

鼓動がやけに大きく聞こえ、緊張して喉が渇く。しばらくして布団から顔を出してみると、女は依然として障子の向こうに佇んでいた。まだいる!再び布団に潜った。

やがて、しゅうっ、しゅうっ……と息を吐くような音が聞こえてきた。

さらに、ばん!と女の身体が障子に当たったらしい大きな物音がして、そのあと廊下を遠ざかってゆく足音が続いた。一体、何が起きているのだろう?祖母が次に布団から恐る恐る顔を出したとき、女は既にいなくなっていた。

(良かった。もう大丈夫そうね……)

安堵した途端、祖母は眠りに落ちていたという。

朝になってから障子を調べてみたが、異変は見当たらず、家の中を見て回ったものの、出入り口にはすべて鍵が掛かっており、外部の者が侵入した形跡はなかった。

祖母は祖父を仕事に送り出すと、日課である掃除を始めた。明治や大正生まれの人々は、毎日よく掃除をして常に家の中を綺麗にしていたものだが、彼女もそうであった。家中の床を速やかに箒で掃いて、雑巾掛けをする。それが終わると、庭を竹箒で掃き始めた。

そのとき、庭の芝生の上に〈屋敷蛇〉を発見した。ところが、どうも様子がおかしい。腹を上に向けて長々と伸びており、金蠅が留まっていた。

「ちょっと、ごめんね」

祖母は〈屋敷蛇〉に謝ってから、竹箒の先でその身体を軽くつついてみた。金蠅が飛び立つ。〈屋敷蛇〉は口を開けていて、まったく動かなかった。

死んでいたのである。口から血を吐いていたが、他に目立った外傷はなく、死因はわからなかった。

祖母は気の毒に思って庭の隅に穴を掘り、〈屋敷蛇〉を埋めて花を供え、線香を上げてやった。ペットだったわけでもないのに、いたく寂しい気がしたという。

その後、祖母があの女と遭遇することは二度となかった。女の正体はわからずじまいとなったが、町から頻繁に死者が出ることはなくなったそうである。

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