あれが悪い(群馬県高崎市) | コワイハナシ47

あれが悪い(群馬県高崎市)

Zさんは多趣味な三十代の男性で、趣味の一つにサバイバルゲームがあり、サークルに加入している。彼が二十一歳の冬のこと、年上のメンバーたちから頼まれて、泊まりがけの忘年会を幹事として催すことになった。そこで会場として高崎市内の某宿泊施設を選んだ。理由は彼がその近くで生まれ育ち、経営者と知り合いだったからである。

十二月の土曜日の夜。忘年会には男性ばかり三十人ほどが集まった。酒食を楽しんだあと、大広間の座敷で雑魚寝をする。他の人たちは布団に入ると早めに眠ってしまったが、当時は参加者の中で最も若く、元気だったZさんはまだ目が冴えていて、まったく眠くなかった。そこで持参した文庫本を一人、深夜まで読んでいた。

午前二時近くになり、そろそろ眠ろうかと、電灯を消して布団に入る。彼の布団は部屋の隅の窓際に敷いてあった。目を閉じていると……。

どこからか、にぎやかな話し声が聞こえてきた。おそらく隣室からだろう。

(隣、やけに騒いでるな)

だが時計を見ると、午前二時である。酒を飲んで騒ぐには遅い時間であった。Zさんは不可解に思い、聞き耳を立ててみた。男女が会話をしているらしい。

「あれが悪い」「あれが悪い」「あれが悪い」「あれが悪い」「あれが悪い」「あれが悪い」

「あれが悪い」「あれが悪い」「あれが悪い」「あれが悪い」「あれが悪い」「あれが悪い」

男女の声が交互にそればかりを繰り返していた。

(何だろう?同じことばかり言ってやがるな)

五分ほどして、

「あれ、聞こえるかい?」

隣で寝ていた二つ年上の先輩がいつの間にか起きていて、話しかけてきた。

「あ、起きてたんスか?聞こえますよね。なんスかねえ、あれ?」

「わからねえ。何て聞こえる?」

「〈あれが悪い〉としか、聞こえないんスけど」

「だよな。俺にもそう聞こえる。何だろうな?女の声が聞こえるよな」

「えっ。自分には、男と女の声が聞こえますが……」

「いや、俺には女の声しか聞こえないぞ」

Zさんが不思議に思っていると、隣室に面した壁のほうから、ガリガリ!ガリガリガリガリガリ……と刃物か工具でも使って、壁を強く引っ掻くような音が聞こえてきた。

「ん……?」

「今度は何をしてるんでしょう?嫌な音ですね」

Zさんが不快に思っていると──。

ドン!ドン!ドン!ドン!と壁を叩く大きな音がして、さらに、

「どおお、あああ!そおお、あああ!」「だらら、らららら、るううう、らああ!」

と、節をつけた男女の声が聞こえてくる。曲名はわからないが、歌を唄っているらしい。それが耳障りなほどの大音響となり、ひと頻しきり続いたあと、急に静かになった。

Zさんたちは暗闇の中で顔を見合わせた。先輩が首を傾げる。

「何だったんだろうね?」

Zさんも薄気味悪く思った。それから数時間は眠ったが、冬の遅い夜明けが訪れる前に目が覚めてしまった。じきにZさんは深夜のことを思い出して、

(隣の部屋の客って、どんな連中なんだろう?あんな夜中に何をやってたのかな?)

好奇心を覚えて大広間を出ると、廊下に佇んで隣室から客が出てこないか、しばらく様子を窺っていた。しかし、客は一人も出てこない。やがて朝食の時間となったが、隣室は静まり返っていて、客が出入りしている気配はなかった。腑に落ちなかったZさんは、チェックアウトするときに宿泊施設の経営者を見かけたので、思い切って訊ねてみた。

「あのう……夜中に、隣の部屋から変な声や音が聞こえてきたんですけど……」

経営者の男性は苦い薬でも飲んだような表情を浮かべた。

「あ、聞いちゃった?〈あれが悪い〉って奴?」

「知ってたんですか!何なんですか、あれ?」

「毎年この時季にだけ、出るものなんだいね」

「はあ……?それ、幽霊ってことですか?」

「正体はわからないんだ。ただ、毎年この時季になると、お客様から苦情が来るんだいね」

「それって、あの部屋で、前に事件でもあったとか?」

「いや、ないよ。何もないから。心配しないでね」

知り合い同士なので、ここからは苦笑しながらの会話となる。

「でも、何で、そんな部屋に泊めたんですか?」

「いや、出るのは隣の部屋だから大丈夫だろう、と思ったんだよ。他の部屋にいても聞こえるとは、思わなかったからさぁ」

そんな事情があるので、隣室には客を泊めていなかったという。

ちなみに、この宿泊施設は今でも営業している。

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