赤い女のお気に入り(群馬県) | コワイハナシ47

赤い女のお気に入り(群馬県)

Fさんが高校生の頃、原付バイクが流行っていた。彼は学校に内緒で免許を取り、乗り回していたという。その夜も地元近くの低い山へ、原付バイクに乗って同じ高校の仲間たちと遊びに行った。そこは戦国時代に山城が築かれ、途中で落城したことが知られているが、この当時は事件や事故は起きておらず、心霊スポットというわけではない。彼を含めた五人で山頂付近まで行き、夜景を眺めたり、好きな女性歌手の話をして帰ろうとした。

そのとき、仲間の一人が真顔で言い出した。

「来る途中、カーブミラーがあったろう。その下に女がいたんだけど、みんな見た?」

Fさんたちは些か驚きながら首を横に振った。

「こんな時間に、一人で真っ暗な山の中にいたのかよ?」

「ってことは、まさか……」

「よし、見に行こうぜ!」

血気盛んに全員でカーブミラーの前まで引き返してみたが、女はいなかった。

「いねえじゃんか。だましたな!」

Fさんはふざけて仲間の首を絞めるふりをした。しかし、仲間はその手を払いのけた。

「本当だよ。赤い服を着た女が立ってたんだよ!」

それから数ヶ月後、Fさんの両親は一泊二日の旅行に出かけた。一人で留守居を任されたFさんは、同じ町に住む中学時代の友達のK君を電話で呼んだ。「泊まりで遊びに来いよ」K君が来ると、菓子を食べながら談笑していたが、宵のうちに話題が尽きてしまった。するとK君がこう切り出した。

「あのさぁ、俺もバイクに乗ってみたいんだけど、ちょっと貸してくれないか」

K君は山に行った仲間たちとは違って、原付バイクに乗ったことがなかった。免許を所持していないので本来は違法なのだが、この辺りは平地の農村で人家よりも田畑が多く、夜になれば人も車もあまり通らず、信号もないので、Fさんは大丈夫だろうと考えた。

「この近所を走るだけにしておけよ」

と、注意した上でキーを渡し、ひと通りの操作方法を教えてから送り出した。

Fさんの家は庭つきの一戸建て住宅である。彼は二階にある自室で漫画雑誌を読み始めた。K君が乗った原付バイクのエンジン音が遠ざかり、近づいては、また遠ざかってゆく。この家の周りを走り回っているらしい。ところが、意外と早く、五分ほどでK君は家に戻ってくると、息急せき切って階段を駆け上がってきた。

「あれ、もういいのか?」

Fさんは微笑みかけたが、K君は笑わなかった。顔が青褪めている。

「どうした?」

「ここん家ちの庭に変な女がいるから、知らせに来たんだよっ!」

Fさんの家には、門や塀がなくて通りから庭や家屋がよく見える場所がある。K君がその前を通ったとき、二階のFさんの部屋から漏れる灯りに照らされて、庭に人影が立っているのが見えたという。

(おや、誰だろう?)

不審に思いながらも、もう一周してくると、依然として庭に人影が佇んでいる。気になってバイクを、目を凝らすと──。

赤いワンピースを着た、髪の長い女が佇んでいた。雨が降っていないのに、全身がぐっしょりと濡れて光っている。二階を見上げて、Fさんがいる部屋を睨んでいるようだ。しかも盆栽や草花を育てている植木鉢が沢山並べられた場所に足を踏み入れていた。

(声をかけてみようか?でも、こんなときって、どう言えばいいんだ?)

どうしたら良いのかわからず、困ったK君はとにかくFさんに知らせることにした。庭へは入らず、表通りに面した玄関から家に駆け込み、知らせに来たそうだ。

「気持ち悪いな。誰だんべ?」

Fさんが窓を開けて庭を見下ろすと──。

誰もいなかった。念のために懐中電灯を持って、二人で庭へ下りてみたが、女の姿はどこにもない。女が立っていたという場所も、盆栽や草花が折られたり、踏み潰された形跡はまったくなかった。この夜はそれだけで済んだのだが……。

数日後の夜、Fさんが自室で眠っていると、ふと目が覚めた。仰向けの状態で、首を擡げることはできたが、胴も手足もワイヤでベッドに縛りつけられたかのように動かない。

と、ここまでは単なる金縛りで、医学的にも解明されている現象なのだが、足元のほうを見ると、見知らぬ女が立っていた。部屋の中はオレンジ色の豆球だけを点けた状態だったにも拘らず、女が赤いワンピースを着ていることも識別できた。漆黒の髪も衣服も、全身ぐっしょりと濡れている。二十四、五歳の痩せた女であった。美女と呼べる整った顔立ちをしているが、不機嫌そうな険しい表情でこちらを見下ろしている。その鋭い眼光には殺意が込められているようにさえ感じられた。

愕然としたFさんは、身体中から大量の汗が噴き出してくるのを自覚した。数分経つと、女は何をするわけでもなく、その姿を消した。Fさんの身体も自由に動かせるようになったが、汗はまだ次から次へと噴き出してきて、なかなか止まらなかった。

(今のが、Kが見た女なんだろうな……)

Fさんはそれから自律神経失調症を発症した。何の前触れもなく突然汗が噴き出してきて、止まらなくなるのだ。頭痛や立ちくらみ、下痢に悩まされる日も多い。やがて彼は高校を卒業して就職したが、仕事を休みがちなので、上司には気に入られず、同僚からも馬鹿にされ、大喧嘩をして会社を辞めた。以後は職を転々としているという。

赤いワンピースの女は、その後も年に一度あるかないかの割合だが、忘れた頃に現れる。K君や同じ高校のバイク仲間は全員無事で、Fさんだけが悩まされ続けているそうだ。

(俺だけが気に入られてしまったのかもしれない)

さらに途中で気づいたことがある。

まず、赤いワンピースを着ているものとばかり思っていた女は、実は全裸であった。女は肩から太腿までべったりと、塗りたくったように血まみれで、それが薄暗い場所ではワンピースを着ているように見えたのである。

もう一つ。現在三十歳になったFさんは、髪が長くて痩せ型の若い女性を見かけると、無性に殺害したくなる。とくに身体中を切り刻むような惨たらしい方法で殺したい、というのだ。それをやれば、ずっと悩まされてきた自律神経失調症から解放される──そんな気がしてならないのだという。

だが、その一方で何とか殺意を抑えようと努力もしている。今のところはどうにか犯罪者にならずに済んでいるが、この先どうなるのかわからず、不安で仕方がない。結婚どころか、恋愛もできないそうだ。

そして、これはFさんとは直接関係がないことだが、彼が高校時代に原付バイクで遊びに行った山では、のちに女性が殺害されて遺棄される事件が発生している。犯人はほどなく逮捕された。被害者はこの地域に縁がなかったが、犯人は地元出身者で過去に例の山を訪れたことがあったらしい。

シェアする

フォローする