食べるんだ?(群馬県前橋市) | コワイハナシ47

食べるんだ?(群馬県前橋市)

動物病院で看護師をしているT子さんは、稀に職場でいないはずの動物を目にすることがある。例えば、大きな老犬の手術中に子犬が床を走り回る光景を見たことがあった。もちろん、手術室に他の動物が入ってくることは絶対にない状況だったという。

これは職場での体験談ではないが、彼女から聞いた話である。

非番の日にT子さんは、御主人と外出して前橋市内のステーキ店に入った。平日のせいか、ランチタイムの真っ最中だというのに、その店は空いていて、客は他に一人しかいなかった。二人は窓際のテーブル席に座ると、ビーフステーキセットを二人前、注文した。

店の内装は黒を基調としており、一見落ち着いて見えるが、客が少ないせいか、どこか冷え冷えとした雰囲気が漂っている。しかも、じきに他の客は帰ってしまい、店内にいる客は彼女たちだけとなった。

いよいよステーキとライスが運ばれてきて、T子さんが食べようとしたときのこと。フォークとナイフを手にした途端、物凄い力で背中を押された気がした。背中に何かが乗った、というよりも空気が急に重くなったのだ。その迫りくる圧力に耐えられず、皿に覆い被さるような前傾姿勢になってしまう。

御主人は何も感じていないのか、食事を始めている。T子さんは何とか我慢し、肉を切って口に運んだ。

「……食べるんだ?」

突然、耳元で甲高い男の声が響いた。御主人の声ではない。驚いて振り返ろうとしたが、なかなか上体を起こすことができず、やっとの思いで首だけを横に向けると──。

窓ガラスに何かが映っていた。途轍もなく巨大な黒い影である。T子さんの背中の上に嘴くちばしが見えた。さらに頭があって、長い首が天井まで伸びている。巨大な影はこちらを覗き込んでいたが、やがて一度首を擡げたかと思うと、また首を垂れて覗き込んできた。目で追えば、影は天井に背中をくっつけていて、胴体は店の奥、厨房まで続いているらしい。

それは途轍もなく大きなダチョウか、あるいは絶滅した恐鳥モアの影に見えた。首を擡げては垂れるという、同じ動作を何度も繰り返している。姿はダチョウの化け物のようだが、T子さんはその動作から、子供の頃に流行した〈水飲み鳥の置物〉を思い出したという。電池やゼンマイを使うことなく、お辞儀を繰り返してはコップの水を飲む真似をする、鳥をデフォルメした置物のことである。それがT子さんを覗き込んでくる度に、

「へっへっへえ!食べるんだあ?」

と、小馬鹿にするような口調で話しかけてきた。

「ね、ねえ……ちょっと……」

T子さんは今見ている光景を御主人に告げたが、彼には見えていないそうで、当惑するばかりであった。T子さんはやむを得ず、強烈なボディブローを食らったボクサーのように上体を屈めたまま、ステーキを食べ続けた。味は決して悪くないのだが、苦心惨憺してようやく食べ終えると、巨大な〈水飲み鳥〉の影はこちらを向いたまま後退してゆき、厨房へと消え失せた。

「いなくなったわ……。諦めた、みたい……」

T子さんはひと安心したが、店を出ようとした、まさにそのとき、

「へっへっへえ!食べたんだあ?」

また同じ声が耳元で響いたかと思うと、ひどい吐き気に襲われた。慌ててトイレに駆け込み、食べた物をすべて嘔吐してしまう。帰宅してからもずっと気分が悪くて、翌日まで寝込んでしまった。御主人は無事に済んだ。

このステーキ店はのちに閉店している。なお、ダチョウの肉は扱っていなかった。建物は現在も残っており、別の飲食店が入ってはいずれも長く持たずに潰れているそうだ。

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