黒窓のあるアパート(群馬県高崎市) | コワイハナシ47

黒窓のあるアパート(群馬県高崎市)

高崎市内には観音山と呼ばれるなだらかな丘陵が広がっている。A子さんは若くして結婚し、その観音山近くにアパートを借りて住み始めた。一階と二階が三部屋ずつある世帯向けのアパートで、A子さんと夫は一階の真ん中に当たる一〇二号室に住んでいた。隣の一〇一号室は初め空室だったが、まもなく引っ越し業者のトラックと、荷物を運び込む業者の姿を見かけた。引っ越してきた家族がいるらしい。

しかし何の挨拶もなく、話し声も物音もまったく聞こえてこなかった。窓に白いカーテンが掛かっているが、夜に灯りが点いているのを見たこともない。

「隣って、何だか変わった家みたいね」

A子さんは夫にそう話したが、さらに奇妙なことに気づいたという。

購読している新聞と一緒に不動産会社の広告が入ってきて、このアパートも写真つきで〈空室あり〉と宣伝されていた。その写真を見ると、A子さん一家の部屋や他の部屋は窓が明るい。だが、一〇一号室の窓だけは真っ黒であった。

やがてA子さんは病院で息子を産み、しばらくは実家で過ごしていたが、身体はどこも悪くなかった。ところが、アパートへ戻った途端に体調が悪くなってきた。毎日身体がだるくて頭痛がする。医師に診てもらっても、原因がわからないらしい。

彼女を悩ませていたものは、それだけではなかった。ひと月ほど前に真上の二〇二号室に新しい家族が引っ越してきたようなのだが、深夜になると子供の笑い声や走り回る足音が聞こえてくるようになった。それがいつも午前二時から三時頃まで続くのである。

「親が叱らないのかしら?困った家ねえ」

「だけど、うちも子供がよく泣いてるから、お互い様だろ」

夫に制されて我慢していたが、その後も二階からの騒音は夜な夜な繰り返された。沈静化するどころか、日に日に大きくなってきたので、

「幾ら何でもこりゃあ、もう限界だ。うるさくて眠れない」

ついに冷静だったはずの夫のほうが怒り出した。その夜のうちに夫は、二〇二号室へ文句を言いに行こうとした。けれども部屋の呼び鈴のボタンを押すと、鳴らなかったという。

夫がよく見ると、ドアポストには郵便物が入らないようにテープが貼ってあった。窓を見ても中は真っ暗で、明らかに空室である。引っ越してきたばかりの家族がいたはずなのに、いつの間にかいなくなっていたのだ。夫は青い顔をして引き返してきた。

翌朝、A子さんは前に見た広告の写真が気になっていたので、

「ひょっとしたら……」

外に出てアパート全体を眺めたところ、一〇一号室と、今度は二〇二号室の窓も真っ黒に見えた。肉眼で確認できたことに驚き、夫を呼んで見てもらうと、「本当だ。真っ黒だね」と驚いている。もっとも、この現象はじきに治まり、三十分後にもう一度見たときには通常の透明な窓ガラスに戻っていた。一〇一号室の窓には白いカーテンも認められる。

入居前には、事故物件の話や土地に関する悪い噂は一切聞いていなかった。また、未だに姿を見せない一〇一号室の住人が、どんな家族なのかもわからない。

A子さんが実家に現状を伝えると、実母が心配して何度か家事を手伝いに来てくれた。だが、今度は実母も頭痛に悩まされるようになり、寝込んでしまった。

夫だけは無事で、その日も恙つつがなく仕事に出かけて、留守であった。アパートにいたA子さんが昼過ぎに部屋の掃除をしていると、突如また気分が悪くなってきた。生後四ヶ月の息子は柵に囲まれたベッドで眠っている。A子さんは同じ部屋にあるダブルベッドに横たわった。少しの間うとうとしていると、けたたましい泣き声に眠りを破られたという。

まだ寝返りも打てない状態だった息子が、柵を越えてフローリングの床に転落し、狂ったように泣き叫んでいた。

「……大丈夫!?」

幸い、息子は軽い怪我をしただけで済んだ。ただこのとき、A子さんは床に幾つもの足跡があることに気がついた。人間の裸足の形なのだがやけに大きい。爪先から踵までの長さが三十五センチはあるだろう。A子さんの足のサイズは二十三センチ、夫は二十六センチである。巨大な足跡は息子のベッドと、ダブルベッドの周りにべたべたと付着していた。

(何だろう、これ?気持ち悪い……)

眠っている間に何者かが部屋に侵入して、息子をベッドから落としたのだろうか?そんなことを考えていると、頭から血の気が引いて眩暈めまいがしてきた。

それでもふらふらしながら玄関のドアを見に行けば、施錠してあり、ドアチェーンも掛かっている。窓もすべて施錠してあった。人間が侵入してきたとは思えない状況である。

寝込んでいる母親を呼び出すわけにもいかず、A子さんは夫が仕事から帰ってくるまでの間、息子を抱いて不安な時間を過ごすしかなかった。夜になって夫が帰宅すると、待ち焦がれていたA子さんは、夫の手を引っ張って足跡を見せた。

「ねえ、何で?何で、こんなのがあるんだと思う?」

夫も首を傾げて唸るばかりであった。試しに二人とも裸足で歩いてみたが、床の掃除をしたあとで埃が溜まっていることもなく、足跡は残らなかった。おまけに雑巾で拭き取ろうとしても巨大な足跡は消えない。気味が悪くて、A子さんも夫もその夜は眠れなかった。

翌朝早く、二人は外へ出て、アパート全体を眺めてみた。すると、この部屋を除く全室の窓が墨を塗ったように黒く見える。この現象はまた少しして治まったのだが、そういえば、このところ一〇一号室と同じように、他の入居者がいる部屋からも話し声や物音が聞こえなくなっていた。

「これ、最後はうちの番、ってことかもしれないな……」

「やだ!あたしたち、どうなっちゃうんだろう……」

よくある実話怪談では、怪異が起きたらすぐに引っ越して終わる話が多いものだが、実際に引っ越すには、次の住まいを見つけなければならないし、費用と労力が必要になる。幾ら不満があっても、翌日ただちに引っ越せる、というわけではない。それに、

「この子に悪いものが憑いてたら、どうしよう?」

A子さんは息子のことが心配で堪らなくなってしまった。

結局、知人を通じてある僧侶を紹介してもらい、護摩を焚いてもらった。さらに、僧侶に励まされて帰宅すると、効果があったようで巨大な足跡は消えていたという。

しかし、相変わらずアパートの別室はどの部屋も静まり返っているし、夜に灯りが点いている光景も見ない。A子さんは不安を拭い去ることができず、のちに夫と相談して三十五年のローンを組み、別の町に一戸建ての建売住宅を買って引っ越したそうである。

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