赤城山の猫(群馬県) | コワイハナシ47

赤城山の猫(群馬県)

群馬県に赤城山という名の山は存在しない。この山地には多数の峰があって、それぞれに名前がつけられている。赤城山とは、その総称、つまり渾名なのである。最高峰の黒くろ檜び山さんが標高一八二八メートルと、全国的に見れば格別高いわけではないが、長く広い裾野を持ち、前橋市、渋川市、桐生市、みどり市、沼田市、昭和村の五市一村に跨った広大な山地といえるだろう。一年を通して強い風が発生しやすく、とくに冬に吹く赤あか城ぎ颪おろしは峻烈な寒風で、群馬の冬を冷たく乾燥させる。

さて、これは秋のことだが、二十代の男性Kさんは休日に彼女を車に乗せてドライブに出かけた。彼女が菓子や飲み物を沢山持ってきた。行き先は赤城山である。前橋市街地から県道四号の坂道を上って、大沼や赤城神社、覚満淵や小沼など、観光地を見て回った。

夕方、辺りが薄暗くなってくると、二人は来た道を引き返すことにした。

だが、幾ら坂道を下っても、なかなか街の灯りが見えてこない。

「変だな。来たときよりも走り過ぎているような……」

そのうち脇道に入ったわけでもないのに、舗装されていない林道に出てしまった。道の両側は背の高い草に覆われている。辺りは既に真っ暗になっていた。

「来たときはこんな場所、通らなかったわよ!」

「おかしいな。同じ道を通ってきたはずなのに……」

いつしか道に迷っていたらしい。二人が困惑していると──。

ヘッドライトの先に虎毛の小さな猫が浮かび上がった。砂利道の真ん中に座り込んで、通せん坊でもしているかのようである。Kさんは車を停めて降りてみた。それでも子猫は逃げない。彼女も助手席から降りてきた。そして持っていたビスケットを地面に置いてやると、子猫は警戒する素振りを見せることもなく、ガツガツと食べ始めた。

「かわいいね」

「野良猫なのかな?家に連れて帰って、飼ってやろうか」

二人は一時、道に迷った不安も忘れて笑った。

ところが、子猫はビスケット三枚を食べ終えると、出し抜けに、

「おい。おまえら、何?」

と、人間の男の野太い声を発した。

彼女が小さな悲鳴を上げる。それでKさんは、脇道に入ったわけでもないのに道に迷ったことを思い出した。胸騒ぎがする。

「戻ろう!早く!」

ここから出られなくなるかもしれない──そんな予感がした。彼女を車に乗せ、速やかにバックして子猫の前から離れる。子猫は一歩も動かず、ただこちらを見上げていた。しばらくバックを続けると、道幅が広くなった場所に出たので、急いで車の向きを変えた。

ひたすら来た道を引き返す。かなり長い時間に感じられたが、やっと舗装された道路に出ると、やがて遠くに街の灯りが見えてきた。それはKさんが知っている本来の道路で、そこを走るうちに前橋の市街地へ出ることができたという。

だが、子猫が発した言葉は、二人の心に鋭い爪痕を残すことになった。なぜ「おまえら、誰?」ではなく「おまえら、何?」と言ったのか?それが何を意味しているのか、二人は長いこと気になって仕方がなかった。

後日、Kさんは昼間に同じ道路を通って赤城大沼まで行ったことがある。しかし、あの舗装されていない道は幾ら探してもどこにあるのか、さっぱりわからなかった。

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