ダークブルーの国産車(群馬県高崎市) | コワイハナシ47

ダークブルーの国産車(群馬県高崎市)

高崎市在住のUさんは、かつて新婚の妻と両親との四人で暮らしていた。彼の父親は車が好きで、決まって三年ごとに贔屓にしている国内メーカーの新車を買う。しかも借金が大嫌いで、必ずキャッシュで買うのである。長年勤めた職場を定年退職したあとも、ダークブルーの国産高級車を買った。これは珍しく中古車であった。近所の販売店に程度の良い車があり、毎日眺めているうちに、どうしても欲しくなったのだという。

「前から一度は乗ってみたかったんだ。新車じゃ高過ぎるからな」

車が家に来た晩、父親は酒を飲みながら幸福そうに笑っていた。

半年後。Uさん一家四人は、この車に乗って草津温泉へ旅行に出かけた。その道中、父親がハンドルを握りながらこう言い出した。

「この車に乗ってると、時々不思議なことがあってさぁ。急に化粧品の匂いがしてくるんだ。年配の女がよく使うような、匂いが強つええ奴の……」

「エアコンを通って外から匂いが入ってくるんじゃない?いつも通る場所に、派手好きな婆さんでも住んでるとかで……」

当時のUさんは何も感じなかったので、深く考えていなかったそうだ。

それから二ヶ月ほどして、Uさんの妻が子宮筋腫を患っていることが判明した。手術を受けて腫瘍は取り除くことができたが、子供を産めるかどうかはわからないという。

妻が病院から退院してまもなく、今度は買い物に出かけた母親が路上で倒れた。通りかかった人が救急車を呼んでくれたものの、脳卒中で植物状態に陥ってしまったのである。次に父親が「気分が悪い」と訴えるようになり、検査を受けると肝臓癌であることがわかった。父親の場合、既に癌が他の臓腑にも転移していて、三ヶ月しか持たなかった。

享年六十一。葬儀が済むと、Uさんと妻、よそに住む妹夫婦との間で遺産の分配や遺品の整理、処分を行うことになった。父親の愛車をどうするかという話も出たが、妹夫婦は車を所有する気はないというので、Uさんがもらい受けることになった。それには所有者の名義変更が必要となる。

まずは車検証を確認しておこうと、車のダッシュボードからファイルを取り出すと、車検証と一緒に自賠責保険証明書や整備記録簿も見つかった。そこには父親の名前ではなく、前の所有者の名前と住所が記されていた。前の所有者は隣の市に住む女性だったらしい。

これは個人情報保護法が施行される前だったためで、昔の中古車はそのようにして売られるのが普通であった。意外に思ったのは所有していた期間である。わずか一年で手放していた。父親もこの車を手に入れてから一年で他界している。

(ただの偶然だろうな……)

Uさんは悪く考えないようにした。名義変更はまだしていなかったが、試乗のつもりで車を乗り回してみると、確かに乗り心地は素晴らしい。すっかり気に入ってしまった。

数日後、Uさんは父親の車で病院へ、母親の見舞いに向かった。

ところが、出し抜けに強烈な化粧品の匂いが漂ってきた。窓は閉めているし、エアコンも作動させていない。そういえば、父親も同じことを言っていたので少し嫌な予感がしてきたが、そのまま病院まで行き、広い駐車場に車を駐めた。

やがて見舞いが済んで病院から出てくると、辺りは薄暗くなっていた。寒々とした冬の駐車場は車の数が減っていたが、アイドリングをしている車が一台あって、エンジンの音が聞こえてくる。父親の車に近づいたUさんは音がそこから発していることに気づいた。

(まさか、車泥棒か!?)

運転席を覗き込むと、赤いカーディガンを着た女の姿があった。化粧の濃い五十がらみの痩せた女が、アイシャドウを隈取りのように塗りたくった切れ長の目で睨みつけてくる。ぎらぎらした眼光が不気味で、Uさんは一瞬たじろいだ。それを見透かしたのか、女が人を馬鹿にしたように大口を開けて笑い出す。Uさんは怒りを覚え、ドアを開けようとしたが、ロックが掛かっていて開かなかった。携えていた鞄からキーを取り出していると、耳元で調子の外れた女の声が甲高く響いた。

「わたしのくるまだあああっ!!」

Uさんがどきりとした瞬間、車のエンジンが停止して、運転席にいた女の姿も消えた。

(幽霊だったのかっ!?)

思わず後退りしたが、父親の形見の車を置き去りにして逃げるわけにもいかない。何とか踏みとどまって恐る恐る運転席を覗くと、やはり誰もいなかった。キーを差し込んでドアを開け、車内を調べたが、エンジンキーは掛かっておらず、何らかの細工をされていた様子もない。Uさんはその車を運転して、びくびくしながら家に帰るしかなかった。

(こいつは廃車にするべきだろうな……)

翌日。このところ気苦労から仕事に身が入らなくなっていたUさんは、会社での営業成績が落ち込んでいた。それを理由に、社長から解雇を言い渡されたのである。小さな会社なので組合もなく、辞めろと言われれば辞めるしかなかった。

(くそっ。これもあの車と前の持ち主のせいかもしれない。いや、きっとそうだ)

前の所有者に対する激しい怒りと憎悪の念が込み上げてきた。

(どんな事情で手放したのか知らないが、俺たちを巻き込むことはないじゃないか!)

おまけに今度は妻が結核に罹かかっていることがわかった。妻と母親の二人に入院治療費がかかるようになり、新しい就職先もなかなか決まらない。悩んだ末にUさんは、廃車にするつもりでいた車を売り払うことにした。

今は金が欲しかった。だが、それだけではない。

俺の家族だけがこんな目に遭うのは癪だ!そんな感情が湧いてきたのである。

車は自宅近くに借りている駐車場に放置していた。Uさんはなるべく近寄らないようにしていたが、近くの住民たちの間で噂になっていたらしい。

「見慣れない女がUさんの車の運転席に座っていたんだよ。にたにた笑ってて、気持ちが悪かったんだけど、あれ、誰かねえ?」

そこでUさんは別の市にある中古車販売店に車を売り払った。〈呪われた車〉を売ったことについては、初めこそ罪悪感を覚えたが、じきに何とも思わなくなったそうだ。

(あんな車に乗りたがるのは、どうせ金に余裕がある連中だろうが!俺たちみたいにどいつもこいつも、みんな不幸になればいいんだよっ!)

その後も母親は植物状態が続いており、妻は病弱、Uさん自身も職を転々として荒れた生活を送っているという。

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