碓氷峠と鹿の丁字路(群馬県安中市) | コワイハナシ47

碓氷峠と鹿の丁字路(群馬県安中市)

碓氷峠は群馬県安中市松井田町坂本から長野県北佐久郡軽井沢町へ抜ける山道で、かつては中山道の難所として知られていた。現在は国道十八号の旧道と、その南にバイパスや高速道路が通じている。また、以前は旧道の近くをJR信越線が通っていたが、既にこの区間は廃線となっている。廃線路には煉瓦造りでアーチ型をした〈めがね橋〉や〈熊ノ平駅〉などの旧跡があり、ハイキングコースとして観光化されているものの、旧道には街灯がないので夜は真っ暗になり、急カーブも多い。そのためか、怪奇な体験談をよく耳目にする。

ただし、

『夜にドライブをしていて、トンネルの入口で道路を横切る女を見たが、同乗者にはそれが見えなかった』『車の後部座席に女が乗り込んできて、すぐに消えた』

など、都市伝説化しているような話が多い。

前出のO崎さんからも、こんな体験談を伺ったことがある。

「僕は当時、下仁田町(群馬県西南部)のアパートに住んでいたんですが、車で草津温泉へ行って、日帰り入浴を楽しんできたんです。帰りはドライブがてら、北軽井沢(群馬県)から軽井沢(長野県)へ抜けて、国道十八号の旧道を通ってきました。県境を越えて群馬に戻ってきたときには、もう夜になっていました。雨が降ってる、肌寒い夜でしたね。

真っ暗な碓氷峠の坂道を下っていると、カーナビが〈この先、右折です〉と案内するんですよ。一本道なのにおかしいな、と思っていたら、路肩にガードレールのない場所がありました。カーナビはまさにそこで〈右折です〉と案内してるんです。誤作動かよ、と車をまっすぐ走らせると、『ちぇっ』という舌打ちが耳元で聞こえました。あとになってわかったんですが、その下は崖だったので、真に受けて進んでいたら、殺されるところでしたよ。

それから家に着いて、ベッドに入って眠ろうとしたら、腕や足をべたべたと触ってくるものがいるんです。びっくりして目を開けても、相手の姿は見えなくてね、一晩中眠れなくて困りました。腕と足には赤い痣ができていました。で、朝になって車を見たら、窓ガラスに手形が、べたべたべたべたと、沢山ついていたんです。でかいのも小さいのもありました。心配になって車を隅々まで調べたら、四つのタイヤのボルトが全部緩んでいたんですよ」

しかし、これもよくある都市伝説に近い話なので、O崎さんには悪いが正直な話、作品化はできないな、と思っていた。けれども取材を続けていると、他にも碓氷峠に関する情報が入ってきた。次に挙げるのは、高崎市在住の男性Qさんから伺った話である。

「Pさんは裕福なお宅の主婦で、僕の妻の友達でした。夫婦仲は良さそうだったし、お子さんも立派に育っていて、何の問題もなさそうでした。だけど、Pさんは鬱病になっていたようで、突然何の前触れもなく、車ごと失踪してしまったんです。当時四十八歳でした。

御家族が捜索願いを出していたそうなんですが、なかなか見つかりませんでした。だいぶ月日が経ってから、たまたま山に入った方が、碓氷峠の旧道の崖下に落ちている車を発見したんです。Pさんは車の中で亡くなっていました。遺体は白骨化していたそうです。

奇妙なことに、彼女は普段、『旧道は急カーブが多いし、そのわりに飛ばしてくる対向車がいるから怖い』と言って、あの道は避けていたそうなんです。だから御家族もそこで発見されるとは、考えていなかったようです。結局、遺体の様子などから事件性はないことがわかりましたけど、自殺か事故のどちらか、それはわからずじまいだったみたいです。

現場はめがね橋よりも奥のほうと聞いています。おそらく、ガードレールがない場所でしょうね。ガードレールが壊されていれば、誰かがもっと早くに気づいたはずですから」

私はO崎さんの案内で現場を確認したことがあるが、確かに碓氷峠にはガードレールのない場所が何ヶ所か存在している。もっとも、その中でも崖がある危険な場所は限られている。O崎さんが怪異と遭遇した現場と、Pさんの遺体が発見された現場が同じ地点だとしたら、怪異に引き込まれた可能性が高そうだ。こう言っては失礼だが、急に興味深い案件になってきた。なお、他にも又聞きながら、こんな話がある。

『夏の午後のこと、当時二十代の青年だったBさんはスポーツカーに乗って、碓氷峠の旧道を走っていた。急カーブが続いていたが、やがて長い直線に出た。数十メートル先まで直線が続いている。そこでアクセルを踏み込んだところ──。

景色が一変した。突如、目の前に大きなカーブが現れたのだ。ブレーキを踏んだが、間に合わない。彼の車は崖下に転落してしまった。不幸中の幸いで、車が立ち木に引っかかったことから命拾いをしたが、車は破損が激しく廃車になり、彼自身も重傷を負った。この日は曇っていたので、西日に目が眩んだわけではないという。

また、三十代の男性Cさんは、やはり碓氷峠でまったく同じ現象に遭遇して事故を起こし、重傷を負っている。それは春の天気が良い午前中のことで、日差しの影響で視界が悪くなったり、錯覚を起こしたわけではないらしい』

BさんとCさんが事故を起こした地点が明らかになれば、そしてその現場がO崎さんやPさんの案件と同じ地点だったとすれば、さらに興味が増す話になるのだが、残念ながらBさんとCさんの話は又聞きであるため、現時点ではそこまで確認する術がない。

ちなみに、これら四者の間に接点はなく、体験した時期もかなりずれている。

ところで、群馬県内で同じような事故が頻発する場所としては、南東部のみどり市笠懸町鹿丁字路が挙げられる。ここは正面に壁があるのだが、どういうわけか直線道路が続いているように見えるそうで、速度を出して突っ込む車が多く、死亡事故が何件も発生している。おまけに事故を起こすのは男性ばかりなのだという。そのためか、『壁に魔物がいて、犠牲者に幻覚を見せて引き込むのだろう』と言う向きもある。

さて、五十代の男性Dさんは、夜中に国道五十号を前橋市方面から東へ向かって車で移動していた。彼は栃木県との県境に近い桐生市にある自宅へ帰る途中で、本来なら国道五十号を直進するはずだったが、どういうわけか、途中の笠懸町付近で左折してしまった。

(あれ?俺、何で曲がっちゃったんだろう?)

しかしこの道でも国道一二二号に出れば、難なく桐生市まで帰ることができる。それでいいや、と直進したのだが、Dさんは少し先で再び何となく左折してしまった。

(あっ、またやっちまった。どうしたんだろう?変だな?)

だが次の丁字路を左折すれば、再び国道五十号に戻ることができる。遠回りをしただけになってしまうが、急いでいるわけではないし、こうなった以上は仕方がない。Dさんはそのまま車を直進させた。そこで突然激しい頭痛に襲われたのだという。

(さっきからどうもおかしいぞ……)

体調の異変を感じたDさんは、早く家に帰って休もうと、アクセルを踏み込んだ。

車の速度が上がってくる。前方に丁字路が見えてきた。

(そうだ!ここをまっすぐ行くと、鹿の丁字路じゃないかっ!)

Dさんはこの場所の噂はもちろんのこと、男性ばかりが事故に遭うことも知っていた。

まずい!嫌な予感がする。アクセルから右足を離してブレーキを踏もうとしたが、右足が動かなかった。それどころか、足が勝手にアクセルを踏み込んでしまう。

前を走る車はなく、灰色のコンクリートの壁が迫ってくる。Dさんの車は明らかに壁に向かって引き寄せられていた。このままだと激突は避けられない。Dさんは咄嗟に必死の思いで、うろ覚えの真言を唱え始めた。

すると急に足が動いて、ブレーキを踏むことができた。後ろから他の車が来ていなかったことも幸いした。もしも後続車がいれば追突されていたかもしれない。

Dさんは減速してから、対向車が来ていないことを確認すると、車をUターンさせた。丁字路は絶対に通りたくなかったのだ。

彼は無事に帰宅することができたそうである。

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