冬の橋(群馬県) | コワイハナシ47

冬の橋(群馬県)

山沿いの町で生まれ育ったY子さんは、小学六年生の頃、母親が運転する車に乗って川の対岸にある町へ買い物に行った。冬の夕方のことで、買い物を済ませて帰路に就くと、辺りは濃い宵闇に包まれていた。大きな川に架けられたB橋を渡る。

その途中、Y子さんは助手席の窓から川があるほうを覗き込んだ。本来ならそこは真っ暗なはずなのに、赤く光っていたからだ。川の真ん中辺りで炎が燃え上がっている。

「お母さん!あれ、何かしらね?」

「えっ?」

「ほら、川が火を噴いてるよ!」

Y子さんが指差すと、母親は車の速度を落として、そちらを一瞥したが、

「何もないじゃない。危ないから、運転中に変なことを言わないでよ」

炎が見えなかったようで、叱られた。

その後、Y子さんはこのできごとを忘れかけていたのだが、二年ほどして──。

中学二年生になっていた彼女は、母親が運転する車に乗って川向こうにある親戚の家へ遊びに出かけた。やはり冬のことで帰路は夜になっていた。谷間に続く道を進み、坂を下って川に出ると、二年前と同じB橋を渡る。B橋は長いコンクリート橋で二車線の車道と両端に細い歩道があり、金属製の手摺りが取りつけられていた。

そこでY子さんは、また川面が赤く光っていることに気づいた。川の真ん中で炎が踊っていたのである。

(前に見たのと同じ火だわ!)

忘れかけていた二年前の光景を思い出した。炎の根元部分は円状で、そこから火の手が樹木のように上へと広がっている。車窓からだと円の直径は三十センチほどに見えたが、実際には何倍も大きいのだろう。Y子さんは、

(一体何なんだろう?でも、お母さんがよそ見をしたら危ないから……)

気になりながらも、母親に話しかけるのは思いとどまったという。

このことを学校で話すと、級友たちが面白がって、みんなで見に行こう、という話になった。大勢で自転車に乗って明るいうちにB橋へ行き、緑色をした川面を見下ろす。川は少し上流から蛇行していて、この辺りは淵になっていた。

とはいえ、幾ら期待して待っても、緑色をした淵から炎が噴き上がることはなかった。午後六時頃、短日が暮れてから行ってみたこともあったが、またもや何も見えなかったので、Y子さんも級友たちもこの現象に対する興味を失った。

さらに二年後。

Y子さんは高校一年生になっていた。

一月の冷え込みが厳しい夜。一台の車がB橋から川へ転落する事故を起こした。手前の下り坂から橋上にかけての路面が凍結していてスリップを起こし、歩道を乗り越え、手摺りを破って川へ飛び込んだのである。

車に乗っていたのは、二十歳の女性Iとその弟であった。中学一年生の弟は車から自力で脱出し、冷たい川を渡って、肺炎を患うことになったが、命は助かった。しかし、Iは全身を強く打って、水没した車の中で死亡している。この姉弟はY子さんと同じ字に住んでいて、とくに親しい付き合いはしていなかったが、面識はあった。事故現場を見に行った近所の人が語った話によれば、車は川の真ん中で逆さまになり、半分以上が潰れていたという。

「それって、私が炎を見た場所じゃないの……」

ただの偶然とは思えず、Y子さんは気味悪く思った。

それから、ひと月ほど経った休日。

Y子さんは自転車に乗って川向こうにある友達の家まで遊びに行き、楽しかったのでつい、帰りが遅くなった。既に日が暮れている。B橋を渡るのは嫌だったが、他の橋を渡るにはかなりの遠回りをしなければならない。そこでやむなくB橋を渡る覚悟を決めた。

当然のことだが、既に事故車とIの遺体は回収されている。川のほうを見下ろしても、暗くて何も見えず、絶えることなく流れ続ける水の音が聞こえてくるばかりであった。

(大丈夫そうだね……)

ペダルを漕いで橋を渡ってゆくと、左の方角がいきなり光った。釣られてそちらを見れば、川面から炎が噴き上がっている。Y子さんは自転車を停めて川面を覗き込んだ。怖かったはずなのに、なぜか逃げることよりも確認したい気持ちのほうが働いたのだという。

本来、炎は〈赤い〉とよく表現されるが、実際にはオレンジ色をしたものが多い。けれども、これは本当に赤々と燃えている。その上、過去に二度見たものよりも明らかに大きくて、内部に人間の全身が見えた。コートを着た若い女が水上に立っているのだ。セミロングの髪型と小顔に見覚えがあった。

(Iさんだ!)

Iはこちらを見上げて手を伸ばしていた。声は聞こえないが、頻りに口を大きく開けて何かを叫んでいるようだ。必死に助けを求めているらしい。

だが、すぐさま炎の中から無数の手が次々に現れ、Iの足やコートの裾を掴んで、下へ下へと引っ張り始めた。たちまち膝から腰の辺りまで水中に沈んでゆく。

Iは目を見開き、口を大きく開けて、ひどく驚いていた。悲鳴を上げていたのかもしれない。手の大群を懸命に振り払おうとしていたが、それらは容赦なく上半身まで攀よじ登ってきた。どの手も獲物に食らいつく肉食動物のようにコートを掴んで離さない。Iの身体は腹から胸まで水中に沈み、両腕を押さえつけられて抵抗もできなくなった。

同時に炎が小さくなってくる。数本の手が、Iの髪の毛を掴んで引っ張ると、彼女の顔が苦悶に歪んだ。とうとう頭の天てっ辺ぺんまで水中に引き込まれてしまう。

それでもIは死に物狂いの形相で、もう一度顔を浮上させたが、再び水中に沈むと、二度と浮かび上がってくることはなかった。炎も消えて辺りが真っ暗闇に包まれる。

そこまで見入っていたY子さんは我に返って、一目散に橋上から逃げ出した。

それ以来、冬の夜にB橋を渡るのはやめたそうである。

シェアする

フォローする