あおー、あ!(群馬県 榛名湖) | コワイハナシ47

あおー、あ!(群馬県 榛名湖)

群馬県中部の榛名湖は標高1100メートル付近にあるカルデラ湖で、とくに榛名富士を背景にした景観はいつ見ても美しい。釣りや避暑などで一年中にぎわう観光地だが、かつてスワンボートが転覆して死者が出たことがあり、その霊が出るという噂がある。また、高原学校や林間学校の施設があって、小中学校の児童生徒が大勢宿泊することから、さまざまな噂が伝わっている。しかし、それらの多くは体験者不在の都市伝説ならぬ〈観光地伝説〉と思われる。ただ、この話は明らかに異なるので取り上げてみたい。

三十代の女性、Hさんは昔、友達三人と榛名湖へドライブに出かけた。車は友達である男性が運転していた。湖畔に車を駐めて水際まで降りてみる。夏の夕方のことで、まだ明るさは残っていたが、他に人気はなかった。ところが、友達の一人が、

「あれは……!?」

と、湖上を指差したので、Hさんがそちらを見ると、五十メートルほど沖合に白い着物を着た背の高い男の姿があった。水に沈むことなく、湖面の上に立っているのである。

皆が驚きつつ見ていると、男は大変な速さでこちらに走ってきた。水飛沫が上がる。

Hさんたちは身の危険を感じて、一斉に逃げ出した。全員が車へ駆け込み、友達の男性がエンジンを掛けようとしたが、なかなか掛からない。

「どうしたのっ!?」

助手席に座ったHさんが運転席のほうを見ると、そこには友達の男性ではなく、先程の白い着物を着た男が座っていた。長細い顔は血色が悪く、目を閉じている。着物は胸元がはだけていた。しかも気が狂ったように頭を前後に振って、蓬ほう髪はつを乱しながら、

「あおー、あ!あおー、あ!あおー、あ!あおー、あ!あおー、あ!」

と、奇声を発し始めたのである。

Hさんは堪らず悲鳴を上げていた。後部座席に座った二人の友達も悲鳴を上げる。その刹那、男の姿が消えて、友達の男性の姿が浮かび上がってきた。ようやくエンジンが掛かって車が動き出す。

ああ、良かった──Hさんは安堵の溜め息を吐きかけた。

だが、その溜め息を呑むことになる。

すぐにまた、白い着物姿の男が現れたのだ。

「あおー、あ!あおー、あ!あおー、あ!」

三度叫んだところで男の姿が消え、友達の男性の姿が現れる。両者の姿が、交互に現れたり消えたりすることを繰り返していた。

それでも、車が湖畔から離れるにつれ、白い着物を纏まとった男の姿は薄い影となってゆき、しばらくの間、友達の男性の姿と重なって見えていたが、やがて消滅した。

Hさんと後部座席にいた二人の友達は同じ現象を目撃して怯えていたが、その男性だけは何も見えていなかったそうで、きょとんとしていた。

それから数年後、Hさんがこの話を別の知人たちの前で語ると、初めて会った男性が、

「その話、俺も同じ体験をしたことがありますよ!」

目を剥いて、本当に驚いた表情をしていたという。

Hさんが榛名湖へ行ったときの友達とは、まったく繋がりがない相手だったので、彼女はあのできごとが耳目の錯覚ではなかったことを確信したそうである。

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