影法師(群馬県前橋市) | コワイハナシ47

影法師(群馬県前橋市)

群馬県の県庁所在地である前橋市は、かつて〈詩の都〉であった。〈スーパースター〉萩原朔太郎をはじめ、〈前衛アナーキスト〉萩原恭二郎、〈偶成の詩人〉高橋元吉、〈朔太郎の研究家としても知られる〉伊藤信吉などの有名詩人を輩出しただけでなく、朔太郎と親交のあった室生犀星が滞在したり、草野心平が移住してきた時代もあった。

朔太郎の作品に「新前橋駅」がある。当時はよほど寂しい場所だったらしく、地元を愛しながらも憎んでいた朔太郎はどこか投げやりに、こう書いている。

『荒寥たる田舎の小駅なり』

だが、現在の新前橋駅は群馬県内のJR線で第三位の乗車人員があり、周辺には企業や店舗も多い。駅舎には東口と西口があって自由通路で繋がっているが、昔はおよそ三百メートル北にある緑色の細い陸橋が跨線橋として使われていた。今から三十五年前に駅舎が改築されて現在の自由通路が完成すると、古い陸橋を渡る人は少なくなった。

さて、Hさんの家は西口側の町にある。当時小学一年生だった彼は、秋の休日にふと冒険がしてみたくなって古い陸橋を渡り、東口側へ遊びに行った。当時はまだ自由通路がなかったのである。公園があったので入ってみると、知らない少年たちが遊んでいた。東口側は校区が異なっていたのだ。

「おい。おまえ、どっから来たんだ?」

幾つか年上らしい、一番身体の大きな少年が真っ先に話しかけてきた。Hさんは自宅がある町の名を告げた。

「ふうん。西口のほうか。陸橋を渡ってきたのか?」

「うん」

少年は何やら少し考えてから、険のある表情を作り、声を低くした。

「じゃあ、おまえ知ってるか、影法師の話を」

「知らないよ。何それ?」

「人の格好をした長ぁい影さ。子供が一人でいると、追っかけてくるんだぜえ」

「へええ!それ、どこに出るの?」

「陸橋の上さ。おまえ、渡るときは気をつけねえと捕まっちゃうぜえ」

その少年は皆から〈カンちゃん〉と呼ばれていた。

Hさんは東口側の少年たちが受け入れてくれたので、その後も頻繁に陸橋を渡って公園へ遊びに行ったが、幸い影法師と遭遇することはなかった。それでも渡るときは毎回不安になり、急ぎ足になる。そして必ず暗くなる前に帰るようにしていた。

「おい。おまえ、また陸橋を渡ってきたのか?」

決まってカンちゃんはHさんに話しかけてきた。

「そうだよ」

「危ねえなあ。俺なら絶対に渡らねえぞ。影法師に攫さらわれたら、どっか遠くへ連れていがれちゃって、二度と帰ってきらんないって話だぜえ」

カンちゃんはHさんが怖がる様子を見て、面白がっていたらしい。おまけにいつも一緒に遊んでくれるのだが、意地が悪かった。Hさんが玩具を持って公園へ行き、少しの間でも目を離すと、その隙に玩具を取って自宅に持ち帰ってしまう。他の少年がカンちゃんの仕業だと教えてくれたので、翌日、公園で会ったときに抗議をすると、

「ふん。あれは、おまえが俺にくれるために持ってきたんだろ」

と、筋の通らないことを言い張って返してくれない。そんなことが二度あったので、Hさんは玩具を公園に持ってゆくのをやめなければならなかった。

ところが、夏のある日、急にカンちゃんが公園に来なくなった。

「あれ、カンちゃんは?」

Hさんは他の少年たちに訊いた。

「カンちゃんなら、もう来ないよ。影法師に意地悪されたんだって」

「大怪我をして、もうここには来られなくなっちゃったんだって」

実際、Hさんはその後も同じ公園へ遊びに行ったが、カンちゃんと会うことはなかった。

高校生になってから、たまたまその公園で一緒に遊んだ少年の一人と同じクラスになり、再会した。お互いに顔と名前は忘れていたのだが、近くの町の出身と知って、話すうちに昔会っていたことがわかったのだ。相手も影法師とカンちゃんのことは覚えていた。

「そういやあ、あの意地の悪い兄ちゃん、どうなったか知ってるかい?」

「ああ、カンちゃんのことかい。……陸橋の階段から落っこちたんだよ。首から下がまるっきり動かなくなっちゃって、今でも寝たきりなんだってさ」

「ええっ?陸橋には絶対に行かねえ、って言ってたのにな……」

「それがさ、本人は『影法師に捕まって連れていがれたんだ』って言ってるんだよ。でも、それを見ていた大人たちは『子供が一人で階段を上ってて、足を滑らせて落ちてきた』って言ったそうなんだいね」

Hさんは、昔聞いた話が単なる子供の噂話ではなかったことを知って、絶句した。

この古い陸橋は相変わらず通行人が少なく、老朽化も進んでいるが、現存している。

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