真夜中に死女が手招く……(群馬県沼田市) | コワイハナシ47

真夜中に死女が手招く……(群馬県沼田市)

群馬県北部の沼田市に存在する薗原湖は、昔からよく知られた心霊スポットである。利根川の支流、片品川に造られたこのダム湖には、私も二度訪れたことがあるが、まったく何も起こらなかった。だが群馬県内で取材をしていると、さまざまな体験談を耳にする。

よく怪異と遭遇しているO崎さんは、過去に一度だけ仲間と夜中に訪れたことがあり、誰もいない湖畔で赤ん坊の泣き声を聞いたそうだ。

それは車でダム湖沿いを移動する間、ずっと聞こえていた。車窓を開けても閉めても変わらず、四方八方から聞こえてくるのだが、大勢の赤ん坊が泣いている、というよりも、声と泣き方が同じで、一人があちこちへ移動しながら泣いているように感じられた。ダム湖から離れると、泣き声はただちにやんだという。

「夜中の薗原湖には、二度と行きたくないですよ」

と、O崎さんは語っている。

二十代の女性K原さんは栃木県日光市出身で、現在は高崎市に住んでいる。

数年前のこと、故郷に住む友達の女性Rが首吊り自殺を遂げた。その命日が近づき、親族ではないので一周忌には招かれていないが、友達同士で〈Rを偲しのぶ会〉を行うことになった。そこでK原さんは会の前日に車で日光へ帰省することにした。

仕事が終わってから高崎市を出発する。既に日が暮れていた。高速道路は利用せずに前橋市へ出て、国道五十号で桐生市へ向かい、そこから国道一二二号で栃木県に入るつもりであった。彼女は群馬県内の道路には詳しくないが、車にカーナビゲーションシステムがついているので心配ないだろうと考えていた。ところが、カーナビが指示した方角に走ってゆくと、いつまで経っても記憶にある日光市へのコースに出ることができなかった。

(変ねえ……。ちゃんと行き先を〈日光〉で入力しているのに……)

どうやらカーナビは国道十七号を北上し、沼田市で国道一二〇号に入り、利根郡片品村から金精峠を越えて日光市へ抜けるコースを示していたようである。車は坂道を上り続けた。山奥へ向かっていることは彼女にもわかる。夜が更けたこともあり、擦れ違う車も少なくなってきた。どこを走っているのかわからず困っていると、道路標識が立っていた。〈薗原湖↑〉と表記されている。

カーナビはまさにその〈薗原湖〉へ向かえ、と指示していた。群馬県の地理に不案内なK原さんは、誤作動かな、と思いながらも、少し進んでみて駄目なら引き返そう、と指示通りに右折してしばらく走り、さらに左折して細い道に車を進めると、支塔と手摺りがオレンジ色をした吊り橋が見えてきた。ダム湖の畔に出たのだ。ヘッドライトに照らし出された吊り橋の前に車を停めた彼女は、どうしたわけか、頭の中がぼんやりとしてしまい、

(どんな場所なのか見てみたい)(今飛び込んだら、誰にも発見されず、確実に死ぬだろうな)(あたしも死んだら、またRと会えるのかも……)

などと考え始めた。外灯がなくて真っ暗だったが、なぜか怖い気はしなかったので、車から降りる。ふらふらと橋の中央付近まで歩いてゆくと、闇に覆われてどこまでが夜陰でどこからが湖水なのか、定かでない湖上に、白い煙のようなものが浮かんでいた。それだけは光っていて、はっきりと見える。揺れ動いていた。靄もやかと思ったが、もっと濃厚で厚みがあるようだ。

何だろう?K原さんが目を凝らすと、それは人間らしき形になってきた。髪の長い女のようだが、顔立ちまではわからない。片手を上げてゆっくり手招きをしていた。

(あたしを呼んでる?)

K原さんは無性に女の近くへ行きたくなってきた。吊り橋の手摺りに両手を掛ける。身体を持ち上げて手摺りを跨ごうとしたが、

(あっ、いけない!何を考えてるんだろう!)

思いとどまり、慌てて手摺りから離れた。湖面にはまだ女の姿があって、水に沈むことなく佇んでいる。その姿はだいぶはっきりしてきて、青い衣服を着ていることまで識別できたが、相変わらず顔はぼやけていた。

K原さんは勃然と、恐怖が込み上げてくるのを実感したという。

(あたしを引き込もうとしていたんだ……)

身震いしながら車へ逃げ込む。彼女には優しい彼氏がいるし、今の仕事や暮らしにも不満はない。なぜわずかな時間とはいえ、自殺を考えたのか、自分でも理解できなかった。すぐさま車をUターンさせ、来た道を引き返す。一刻も早くこのダム湖から離れたかった。

カーナビの電源を切り、国道一二〇号まで引き返す。外灯の近くで一旦車を停め、スマートフォンで地図を見ながら日光市を目指すことにした。このコースはかなり標高が高い場所を走ることになるし、急カーブも多い。運転には気を遣い、速度をあまり出さないようにしたので、日光市の実家に到着したときには日付が変わっていた。

予定通り〈Rを偲ぶ会〉に出席して旧友と再会したものの、昨夜のこともあってK原さんの心は晴れなかった。その夜も実家に泊まって翌朝、高崎市へと出発したが、カーナビを使ってみると、今度はコースをまちがいなく表示した。一昨日の誤作動の原因はわからなかった。職場で薗原湖へ行ってしまったことを話すと、同僚が眉を顰ひそめた。

「あそこは〈出る〉ので有名な場所なのよ」

それを知らなかったK原さんは口を開けたまま、しばし何も言えなかった。

ちなみに、Rが自殺したのは栃木県内にある自宅であり、薗原湖とはまったく関係がない。しかし、K原さんは何やら繋がりがあるようにも思えて、気味が悪かったという。

高崎市出身の女性S子さんには弟がいて、姉弟そろって稲川淳二さんのファンである。昔、二人が二十代でどちらも実家に住んでいた頃の話だ。当時はDVDやネット配信、動画共有サービスなどがまだなかった時代なので、S子さんはレンタルショップで稲川さんが怪談を語っているCDを借りてくると、自ら編集して新品のカセットテープに録音した。車で遠出した日に一度聴いただけだが、殊こと更さら怖い話が多かったという。

夏の週末。夜遅くに仕事から帰ってきたS子さんが自室でゲームをしていると、弟がやってきた。

「ねえ、姉貴。淳二さんのテープ、貸してよ」

「いいよ。……でも、こんな夜中から部屋で聴くん?」

「ダムへ行くんだ。それで、車の中で聴きたいんだ」

「えっ。今から?」

「急にダムへ行きたくなっちゃってさぁ」

「ダムって、どこの?」

「薗原」

「あそこに淳二さんを聴きながら行くの?危ないからよしないね」

「気をつけて行くから大丈夫だよ」

「大丈夫だとしても、あんな所へ一人で行ったって、楽しいことは何もないよ」

「いや、どうしても行きたいんだよ。だから行ってくらあ」

弟は幾ら止めても聞かず、一人で出かけていった。

(しょうがないねえ。だけど、もう子供じゃないんだから……)

S子さんは気にするまいと思ったが、やはり心配になって眠れなかった。そこで朝までゲームをして過ごした。夏なので夜明けは早く訪れる。弟は辺りがすっかり明るくなってから帰宅した。

「姉貴、起きてる?」

「うん」

S子さんの部屋に入ってきた弟はつまらなかったのか、覇気のない顔つきをしていた。

「ごめん。姉貴の言う通りだった……」

「そうだろう。早くお風呂に入って寝なよ」

「ごめん。本当にごめん」

「何が?」

「ごめん。姉貴のテープ、壊しちゃったんだよ」

弟が語った話によると、彼はテープの怪談を聴きながら、午前二時過ぎに薗原ダムに到着した。車で通れる場所を回り、それから最も〈出る〉といわれるオレンジ色の吊り橋へ向かった。車から降りて歩いて渡ろうとすると──。

橋の真ん中辺りまで来たとき、真っ暗な湖上に佇む女らしきものが見えた。白い服を着て、こちらを見上げている。そこは人間が立てる場所ではない。

(あっ、いたな!)

弟は全力疾走で車まで引き返した。女がついてくるような気がして、無我夢中で車を走らせる。怪談語りのテープはそのまま回し続けていた。止めるのも忘れていたほどで、内容はまったく頭に入ってこなかった。やがて不意に音声がおかしくなり、聴こえなくなってしまった。帰宅してから異状が起きていたことを思い出して取り出そうとしたが、出てこない。テープはデッキの中で引っ掛かり、ぐちゃぐちゃになっていた。もはやどうにもならない状態で、デッキも工場で修理しなければ使えなくなってしまった。

しかし、テープは高品質の製品を使い、一回しか聴いていなかったし、弟の車も新車を買って一年と経っていなかったので、まさかの故障にS子さんも驚いたそうである。

真夜中に死女が手招くダム湖かな

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