虎渓の三笑(大阪府) | コワイハナシ47

虎渓の三笑(大阪府)

上方落語界の重鎮のG師匠から伺った話である。

昭和二十八年頃のこと。

当時、上方落語は漫才の勢力に押され、また何人かの師匠がバタバタと続いて亡くなったことも重なって、噺家の数も十人前後に減った。このまま絶滅するのではないか、と言われた時期だった。

今は人間国宝にもなられたB師匠も当時はまだ若手で、やっとなんとか噺家として食べていけるメドが立ったばかりだった。大阪市内で住めるところはないかと部屋を捜していたところ、知り合いの二階を借りられることになった。

「兄さん、それやったら家賃半分払うさかいに、僕も一緒に住まわせてくれへんか」とそれを知ったG師匠。その二階にころがりこんで、ふたりの若手噺家が、同じ部屋で寝食ともにすることとなった。

ある日のこと。B師匠がある掛け軸をもらってきて、二階の部屋の床の間に飾った。

『虎渓の三笑』という絵。

これは有名な画題だ。昔の中国に慧遠(えおん)という僧侶がいて、虎渓という谷の奥のお寺に隠居し、「二度と虎渓を渡らない」と誓った。ある日、陶淵明(とうえんめい)と陸修静(りくしゅうせい)というふたりの友人が訪ねてきた。時のたつのも忘れて語らい合った。やがてふたりは「もう帰る」と言う。名残惜しいので慧遠は、虎渓の近くまで見送った。その道すがらも三人の会話ははずみ、ふと気がつくと虎渓の谷を越えていた。そこで思わず三人は顔を見合わせて笑った。

その説話に題を得た絵である。

これを一目見た瞬間、G師匠はゾッとしたという。

「兄さん、この絵、なんか怖いわ」

すると「実はな」と、B師匠がこの絵をもらった経緯いきさつを話しはじめた。

これは、先輩の噺家の奥さんからもらったという。その奥さん、掛け軸を見せながら「なっ、この絵、怖いやろ、怖い顔しとるやろ。なんかこれ、嫌やねん。そやからな、あんたにあげる。頼むから持って行って」

つまり、要らないからくれたのである。それで仕方なく持って帰った。

この日からふたりの仕事の流れが変わった。

一カ月の予定だった芝居がキャンセル。ラジオの仕事がキャンセル。何本かあった落語会の出演も全部キャンセル……。

「兄さん、おかしいで。これ、あの絵の祟たたりちゃうやろか?」

あまりのことに、さすがのB師匠も気持ち悪くなった。

「よし。この絵、手放そう」

掛け軸を持って表に出た。いつもの行きつけのバーへ行く。

「なあ、この絵、誰ぞもらってくれへんやろか」

店内でこの絵の話をしていると「ほな、私がもろたげよか」とバーのママ。

「ほんまか、ほんまにもろうてくれるか?」

「うん、もろたげる」

「ほんまやな、後でいらん言うても、絶対引き取れへんで」

念には念を押して、バーのママに掛け軸を押しつけて帰った。

翌日から、一いつ旦たんキャンセルになった仕事が復活しはじめた。また、新しい仕事も舞い込むようになった。

「ああ、やれやれやな」と安あん堵どを迎えたふたり。

一週間ほどして、そのバーに行ってみた。すると蒼あおい顔をしたママがいた。

ふたりを見た途端、

「あっ、あんたら、あの絵返すわ」と掛け軸を差し出した。

「ええっ」

「この絵、持って帰った日からウチ、ロクなことないねん。いらん借金出来るわ、子供が急病になるわで、もうムチャクチャやねん。それでな、お坊さんに来てもろうたんや。そしたらお坊さん、これは稀まれに見る悪相の絵やで。これは寺で祈き禱とうしてもろて、桐の箱に入れて本山へ納めなあかんねんて。そやけどそんなお金もうないし、暇もあらへん。そやからこれ、持って帰って」

また絵が手元に戻った。

「どないしよ」

「どないしょうかな……」

ふたり、今後を案じながら夜道をとぼとぼ帰った。

すると途中で声をかけられた。いつもの交番のお巡りさんだ。

「こんな夜道で何をしているんです?」

「怪しいことおまへん。ただの帰り道」

「持っている筒のようなものは?」

「これ?いやあの、これ掛け軸です。訳あって、お見せすることできません」

そう言うと、余計怪しまれる。見せろ、見せられないの押し問答となった。

「わかりましたお巡りさん。見せます。そやけど僕らはこの絵、見たくないんです。そやから、向こう向きに絵を広げますさかいに、そこに立って勝手に見とくなはれ。よろしいか」

そう言うと、バッと絵を向こう向きに広げた。それを見るお巡りさん。

「う~ん、分かった。行ってよろしい」

やっと解放されたふたり、このままでは家に帰れない。また、あの部屋にこの絵を持って入るのも気が進まない。ふっとお巡りさんのいなくなった前を見ると、その向こうにいつもの屋台のラーメン屋が出ている。

「ラーメンでも食べながら、考えるか」

暖簾をくぐって注文し「この絵、どないしよう」とふたりで相談していると、「それやったら、わたいがもらいましょか」とラーメン屋の親父が言いだした。

「おっさん、もろてくれるか!」と、今度はその絵をラーメン屋の親父に押しつけて、逃げるように帰った。

その絵は二度と戻ってくることはなかった。

しかし、くだんのお巡りさんは翌日から顔を見なくなった。そして、絵を見たお巡りさんの背後にあったラーメン屋も、じきに潰つぶれた。

屋台の親父には何があったのか、あれ以降、屋台を見ることはなくなった。

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