肉まん幽霊(千葉県) | コワイハナシ47

肉まん幽霊(千葉県)

これは筆者のかみさんが実際に体験した不思議な話である。

筆者は以前勤めていた会社を退職し、専業作家として事務所を立ち上げた際、経営が軌道に乗るまでは住んでいた自宅を賃貸に出して、自分たちは事務所に住んでいた時期があった。不動産業者を介して他人に新築したばかりの自宅を貸していたのだが、最初に貸した二人の人物はかなり怪しかった。その二人は五十代の男性と三十代の女性のカップルであった。表向きは夫婦と名乗っていたが、本当かどうかわからなかった。そして、家を貸してから十ヵ月ほど経った頃から奇妙なことが起こり始めた。

「間さん(「はざま」と言うのは筆者の本名)の家を借りている夫婦の奥さんが、片目の男と逃げちゃったよ」

筆者の自宅の横に住んでいた南米系の奥さんから、筆者のかみさんに電話が入った。どうやら、家を借りている夫婦の奥さんが、片目が不自由な男性と夜逃げをしたらしい。

「片目の男? まるで江戸川乱歩の小説みたいだな」

その話をかみさんから聞いた時、筆者は何とも言えない不思議な気分になった。

その後、不動産業者から連絡があった。

「間さんの家を借りている人、しばらく家賃を払っていないんですよ」奥さんに逃げられた五十代のご主人は生活に困窮こんきゅうしており、家賃の支払いをしばらく待ってくれと不動産業者に泣きついたらしい。

「ああ、しばらくの間ならいいですよ」

筆者はそう答えた。

だが、この判断は間違いであった。半年ほど経ったある日、その五十代のご主人は忽然こつぜんと姿を消してしまったのだ。

不動産業者から知らせを受けて、筆者とかみさんは貸していた自宅に駆けつけた。玄関から入り家の中を見て愕然がくぜんとしてしまった。

「なんだ、これは……?」

家の中にはゴミが散乱し、室内のドアのノブがへし折れ、壁紙はずたずたに引き裂かれていた。隣の南米系の奥さんに話を聞くと、ご主人が一人となり、食事といえば近所の和菓子屋で販売している肉まんであったという。

「毎日毎日、フラフラの状態で肉まんを買いに行ってたよ」

奥さんはそう話した。どうやらご主人は、毎日昼過ぎまで寝ており、ヨタヨタと二階から降りてきては、近所の和菓子屋に肉まんを買いに行くのが日課だったようだ。奥さんに逃げられ、体を壊した五十代の男は哀れである。家賃を滞納し続け、どうしようもなくなったご主人は、ある日突然姿をくらましたのだ。

結局、滞納された家賃を支払ってもらうことはかなわなかったが、家賃を保障する保険に入っていたため、数カ月後、全額ではないものの代替えのお金をいただくことができた。しかし、へし折られたドアノブやズタズタに引き裂かれた壁紙の張り替え、家全体のクリーニング費用は自腹で支払うことになり、百万円近い出費がかかってしまった。奇妙なことだが、その後、筆者の自宅を借りた円満そうだった夫婦もなぜか離婚してしまった。二人の子供に恵まれ、あれほど仲が良かった夫婦なのに、理由はわからなかった。

「あの、ご夫婦別れちゃったらしいよ。シングルマザーになるけど賃貸契約を継続してほしい、って不動産屋さんから連絡あったよ」

かみさんからこの話を聞いて、筆者は何とも言えない不安な気持ちになった。奥さんに逃げられた五十代のご主人の負のオーラが、次に入居した夫婦に降りかかったのであろうか。

「まずいね。このままだと、うちの家が呪われた物件になってしまう」

筆者は冗談っぽく笑ったが、かみさんは何とも言えない表情を浮かべていた。

それから数年が経って、「株式会社山口敏太郎タートルカンパニー」の経営も軌道に乗り、ようやく念願のマイホームに帰る日が来た。一通り荷物を運び終わって一服しているときに、愛犬の「きなこ」が階段に向かってけたたましく吠えた。

「だめだよ。きなこ。誰もいないよ。吠えちゃいけないよ」

しかし、たけり狂ったように、きなこは吠えることをやめない。まるで階段にいる何かを威嚇しているようだ。当時のきなこはシーズー犬の〇歳の女の子で、温厚な性格であった。犬が好きな方ならば、シーズー犬が無駄吠えをしない犬種だという事は知っているだろう。それが、まるで誰かを威嚇するように階段に向かって吠えている。

「まさかな……」

筆者は誰もいない階段を見つめながら、得体の知れない不安と戦っていた。きなこの奇妙な行動は、その後も続いた。かみさんがきなこと先輩犬の「ラン」を散歩に連れて行こうとすると、きなこは階段の下まで走って、誰かを散歩に誘うような仕草をするのだ。

「誰もいないよ。早く散歩に行こう」

かみさんがそう呼びかけても、きなこはひたすら階段の下にいる見えない存在に何かをアピールしている。

「いいかげんにしなさい。きなこ」

そういうと、きなこは残念そうな顔で玄関まで戻ってくるのだ。きなこの奇妙な行動は毎日のように続いた。

それからも不可解な出来事が起こった。夜中にトイレに行くために二階の寝室を出て階段を降りていると、背後から誰かの息遣いを感じた。

すぅ~はぁ~、すぅ~はぁ~、すぅ~はぁ~

加齢臭のこもったような湿った息の匂いがした。ぺちゃ、ぺちゃ、ぺちゃと裸足で階段を降りる音も聞こえた。

(誰かが自分の後ろを歩いている!)

筆者がゆっくりと振り返るが、薄ぼんやりした真夜中の闇に浮かぶ誰もいない階段がそこにあるのみであった。

それから、かみさんの身にも奇妙なことが起こった。毎日毎日肉まんが食べたくなるようなのだ。今まで、そこまで肉まんにはこだわってはいなかった。しかし、この家に戻ってから、毎日肉まんのことが頭から離れないという。

「大阪出張の帰り、『551蓬莱』の豚まんを買ってきてね」

筆者がテレビ収録のため大阪に行くたびに、かみさんはお土産として肉まんをねだった。また、関東各地の肉まんの美味しい店を訪ねては、様々な種類の肉まんを買い漁った。毎日毎日肉まんが食卓に上った。

(これは、かなり異常な状態だな)

筆者はそう思って、知り合いの山伏に家祓いをやってもらうことにした。家祓いとは、その物件にたまった霊やマイナスの情念を浄化する儀式である。我が家に入るなり、その山伏はこう言った。

「繰り返し、繰り返し、階段から降りて来るモノがいます」

しばし、固まる筆者とかみさん。まだ、きなこの話も肉まんを毎日買いに行っていた五十代のご主人の話もしていない。

「何か感じますか?」

筆者の問いに山伏がゆっくりとうなずいた。

「何か、同じ行動を繰り返している悲しい存在を感じます」

その日、家祓いを施してもらい、山伏は帰っていった。すると不思議なことに、突如沸き起こったかみさんの肉まんブームが終息し、きなこの階段下での奇妙な遊びも終わりを迎えた。

(これで、あのご主人の想いも消えたのだろうか?)

そう思いながらも、筆者は五十代のご主人に同情をしてしまう。今もどこかで生きているのか。人知れず何処かで亡くなっているのか。そんなことを考えると何とも言えないわびしい気持ちになってしまった。人の想いと言うのは、そういうものである。

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