亡魂削と軍馬の揺れ(千葉県船橋市) | コワイハナシ47

亡魂削と軍馬の揺れ(千葉県船橋市)

以前、船橋市内で発行されていた「まいライフまいタウン」というタウン誌上に、老人から聞いた古い伝承話を掲載していた。様々な話を書いたが、中にはとてもじゃないが書くことができない話もあった。

古和釜十字路の近くにあった某コンビニの駐車場に設置されていたお稲荷さんの話は印象的だった。昭和初期、お稲荷さんの近くの家に住むおばあさんがまだ少女であった頃、そのお稲荷さんの力を使ってこっくりさんをやっていたとか、千葉県を地盤とする、ある有名な政治家の先祖が、幕末の頃に幕府軍の金を横領して古木の根元に埋めて、明治になってから掘り返して資産家になり、最終的に子孫が政治家にのし上がったとか、掲載を見合わせた伝承話の方が面白かったような気がする。

その中でも印象的だったのは、東葉高速線の船橋日大前駅の近くにある学校にまつわる話だ。そこに身内が通っていた人の話によると、その学校には馬の幽霊が現れるという怪談が残されていた。

部活動や文化祭の準備で、夜遅くまで生徒が学校に残っていると、廊下から奇妙な音が聞こえる。コッツン、コッツン、コッツン、何かが音を立てて歩いている。恐る恐る廊下を見ていると、馬が廊下を歩いているのだ。怯える生徒たちの目の前を悠然と歩いた後、馬は姿を消してしまうという。

実を言うと、戦時中この学校の付近には軍馬を育成する機関があり、多くの軍馬がここで飼育されていたというのだ。その馬たちの魂が、今もさまよっているのであろうか。その学校の近くには、ものすごい急勾配の坂道がある。ここはかつて谷であった。その谷の底辺のあたりに一本の木があった。

「あそこは地元では、戦前まで亡魂削と呼ばれていたんだ」そんな話を地元の老人から聞いた。周囲に数多く存在した軍事関連の施設から脱走した新兵が谷の底まで逃げ出し、追っ手に絶望し、その木で首を括って自殺したという。しかし、新兵の無念の気持ちが残っているらしく、毎晩谷の底には亡魂の火が灯り、谷の底から這い上がる姿を見ることができた。人はそれゆえにこの谷を「亡霊削」と呼んだという。

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