高根公団のシャドーマン、シャドーキャット(千葉県) | コワイハナシ47

高根公団のシャドーマン、シャドーキャット(千葉県)

筆者は二十年以上、文筆活動を行っている。常に連載を七本から八本抱えており、毎年五冊から八冊程度の単行本を執筆する。すでに著作は百七十冊を超えているが、スケジュールは過酷を極め、肉体の疲労が限界まで達することも多い。最近は、あまり無茶はしないが、三十代、四十代のころは三日ほど徹夜をすることがあった。それだけ徹夜すると、さすがに幻覚のようなものを見る。

新高根の事務所で執筆をしている時、徹夜が続いて疲労がたまったので、コンビニに甘いものでも買いに行こうと、かみさんと一緒に、夜中ぶらぶらと高根公団駅前に向かって歩いていた。我々夫婦の十メートルほど先を、疲れ切った会社員風の男が歩いていた。後ろから見ても明らかに疲れている様子が伺えた。よれよれの紺色の背広は背中がめくれ上がっており、履きつぶした古い皮靴を引きずるように歩いている。

(随分と疲れているサラリーマンだな)

既に脱サラして作家として事務所を開業していた筆者は、その悲壮な背中に昔の自分を重ねてしまい、軽い同情を感じた。すると不思議なことが起こった。我々夫婦と会社員が歩いている道と垂直に交わる側道の左側に奇妙なモノが現れた。

(あれはなんだ!)

筆者は思わずその姿に釘付けとなった。真っ黒なヒトガタが側道に立っていた。明らかに人間のような姿をしているが、目鼻や洋服がはっきりと見えない。

「あれ見える?」

思わず足を止めて、筆者は隣を歩いていたかみさんに声をかけた。

「あれって?」

「あの左の側道に立っているやつ」

「見えないよ。いないよね」

かみさんは戸惑いを隠せない。しかし、筆者の目には明らかにその黒いヒトガタが見えている。しかも、その黒いヒトガタは大きく股を開いてゆっくりと歩き始めた。昔見た映画「ピンクパンサー」に出てくるキャラクターのように、ゆっくりと抜き足差し足で歩いている。

「ほら、歩いているじゃん」

筆者は思わず声を上げた。その黒いヒトガタは街灯の下を通り抜け、会社員の背後に回り込みと、その背中に覆い被さるようにした。

(何をするつもりだ?)

筆者の不安をよそに、その黒いヒトガタは、すーっと会社員の体の中に同化していった。

(あのサラリーマンの体の中に入ってしまった!?)

筆者は自分が見た光景が信じられなかった。まるで都市伝説で語られるシャドーマンが目の前に現れたような気がしたからだ。

「今日は帰ろう」

その日は結局、コンビニで買い物をせず早々と引き返した気がする。

それから一年ほど経って、全く同じ場所で少し違う物体を見たことがある。その日もかみさんと一緒にコンビニへ夜食か何かを買い出しに行っていたような記憶がある。

(そういえば、ここで以前シャドーマンを見たことがあったな)

そんなことを考えていた筆者の目の前に、またあの左の側道から黒い物体が飛び出してきた。

(猫だ。黒い猫じゃないか)

筆者の数メートル前を黒い猫が横切った。

「あの猫、なんだ?」

筆者が指をさしたが、またしてもかみさんには見えなかったらしい。

「どういうことだ? また、この場所か」

動揺する筆者の目の前から、その黒い影の猫は、すーっと消えてしまった。その日も買い物に行く気が失せてしまった事は言うまでもない。

「だめだ。徹夜のしすぎだ。もう寝るよ」

そう言って筆者は事務所に帰って爆睡してしまった。健康のために、徹夜はほどほどにするべきである。

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