お墓を移転しました(千葉県) | コワイハナシ47

お墓を移転しました(千葉県)

筆者は昭和四十一年、徳島県徳島市に生まれた。当時の日本は高度経済成長期であり、地方都市の徳島市も随分と賑やかであった。筆者が高校一年の時、父親の仕事の関係で千葉県まで引っ越すことになった。しかしながら、高校は簡単に転校できない。筆者は二年間下宿して県内の城南高校に通った。その後、筆者は大学に合格し関東に引っ越した。こうして家族全員が関東で生活するようになった。当初は千葉と徳島に二軒の持ち家があり、両親は四国と関東を行ったり来たりしながら暮らしていた。

しかし、七十歳を越えた時点で、両親は交通の便が良く良質な病院が多い関東に定住することを決断した。こうして、徳島の実家が売り払われることになった。

「おじいちゃんとおばあちゃんのお墓も、こっちに持ってくるか?」

そんな話題が父親から出るようになった。お墓参りのたびに徳島に帰るのが億劫おっくうだったので、徳島で亡くなった祖父母の墓が千葉の市川市の霊園に移された。

(大丈夫かな、生粋の大阪人だったおじいちゃんは、関東に抵抗があるはずなんだけど……)

筆者には一抹の不安があった。間家は大阪で数百年続く町人学者の家柄である。大阪生まれ大阪育ちの祖父の場合、大阪文化圏に近い徳島で眠る事は容認しても、関東は嫌がるのではないかと思ったのだ。

墓を移転する日、両親や兄弟が集まった。どこからか派遣された真言宗の僧侶がおぼつかない動きで印を結びながら読経を行っている。青空の下には、「感謝」という言葉が刻まれた現代的な墓石が鎮座していた。

すると奇妙な事実が判明した。父親の体調が悪いというのだ。

「えっ、偶然だね。僕も体調が悪いんだよ」

不思議なことに昨夜から筆者も体調が悪く全身に蕁麻疹じんましんが出ていた。すると、筆者の末弟の三男がこんなことを言った。

「本当に不思議だね。うちの長男も昨日から高熱が出て大変なんだよ」

なんとも不思議な話だが、父親は三兄妹の中の唯一の男であり長男であった。筆者は男ばかりの三人兄弟であり、長男であった。そして、筆者には子供がなく次男には女の子ばかりで、末弟には二人の息子がいる。なんと各世代の長男ばかりが体調不良になってしまったのだ。

おじいちゃん、かなり関東がお嫌いの様だ。

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