アパートの隣人(千葉県八千代市) | コワイハナシ47

アパートの隣人(千葉県八千代市)

八千代市で「まぼろし堂」という駄菓子屋を経営しているNさんは、現在は四十代半ばの温厚な経営者だが、十代の頃は長い髪の毛を金色に染めてバンド活動に明け暮れていた。

「家を出たいなぁ」

当時所属していたバンドは、高校時代の仲間で結成したものであり、他のメンバーの実家が船橋駅の周辺にあったため、高根木戸駅の近くにアパートを借りることにした。そのアパートは仲間同士で遊んだり、曲作りに励んだりするための創作拠点であった。

「ここ、いいよね」

「ここに決めないか!」

メンバー四人が全員一致で決めた物件が、高根木戸駅から歩いて数分の場所にあったアパートだ。古ぼけたアパートは、各部屋共通の入り口が設置されており、廊下の突き当たりに借りた一室があった。

「やっぱり、角部屋はいいなぁ」

その一室は二部屋で構成されており、一つの部屋は仲間とゲームをしたり雑魚寝をしたりする居間にして、もう一つの部屋は曲作り用として使うことにした。

「俺たちの城の出来上がりだ」

まるで毎日が修学旅行だった。みんなで音楽を語り合ったりテレビを見たりして日々を過ごしていた。しかし、仲間とワイワイ騒いだりすると、その声がうるさいらしく、アパートの隣人から抗議のノックが壁の向こうから聞こえた。コンコン、コンコン。

「あっ、やべえ、静かにしないと」

慌てて声をひそめるメンバーたち。ライブの時は過激な音楽を演奏しているバンドメンバーであったが、隣人とのトラブルはなるべく避けるようにしていた。

楽しい時間が毎日のように過ぎていった。しかし、興奮してしまうと、つい夜中でもバカ笑いをしてしまう。コンコン、コンコン。夜中にうるさくすると、すかさず抗議のノックが鳴った。

「やばい、みんな静かにしろ」

メンバー同士がお互いの顔を見合わせている。声を潜めてこんな会話をした。

「それにしても、隣の人って、いつも夜中にノックするよね」

「ホストでもやってんじゃないのか。だから帰りが遅いんだよ」

メンバーはそれぞれアルバイトをしており、夜中には一室から誰もいなくなることもあった。さすがに、アパートで一人ぼっちになるとNさんは少々不安になり、バンドメンバー以外の友人を呼んで、ゲームに興じることで寂しさを紛らわしていた。

(俺、この部屋で一人になるのは、なんだか嫌なんだよね)

そんな気持ちを持っていたが、メンバーには話さなかった。楽しい時間を過ごしているのに、メンバーの気持ちを害するのは忍びなかったからである。

アパートを借りて何週間か経った。いくら親しい仲間といえども一緒に共同生活をしていると、生活習慣の違いで多少のトラブルは起こった。

「俺こういうのダメなんだよ。ちゃんと直してよ」

そう言ってメンバーのMがコタツの布団を丁寧に直した。

「あっ。ごめん、ごめん」

Nさんは頭をかいた。

「これからは、こたつから出る時は、ちゃんとこたつ布団を直してくれよ」

こたつに入った状態から外に出て行くと、こたつの布団がめくれ上がっていることがある。潔癖症のMはそれが嫌で仕方なかったのだ。

(こいつ、ずいぶんと神経質だな)

そんなふうにNさんは思った。

仲間との楽しい日々は続いたが、できるだけNさんは一人になることを避けていた。ある日、仲間がこんなことを言った。

「今日さぁ、俺バイト休みだから、アパートに帰ってくるわ」

「あっ、ほんと、じゃぁ俺も帰るわ」

しかし、Nさんがアパートに帰ってくるとバンドメンバーは誰もいなかった。真っ暗な空間にこたつと楽器だけが浮かび上がる。その夜、他のメンバー全員が急遽きゅうきょバイトに入ることになったのだ。

(おいおい、まじかよ)

一人ぼっちの空間に耐えきれなくなったNさんは、メンバー以外の友人二人を呼んで食事に行くことにした。すると、数分で友人たちは駆けつけてくれた。

「おおっ、すまないね」

Nさんは来てくれた二人の友人にお茶を入れて一服した後、三人で食事に行くため廊下に出た。ドアを閉めて鍵を施錠した後、不可解なことが起こった。ガチャガチャ。

触れてないのにドアノブがくるくると回った。どうやら内側から誰かがドアノブを回しているらしい。

「あっ、悪りい、悪りい。まだ中にいたのか」

友人の一人がまだ部屋の中にいると思ったNさんが、そう言ってドアを開けると、

……誰もいない。

思わず固まるNさん。

「何やってんだよ。俺たちここにいるぜ」

振り返ると二人の友人は既に廊下に出ている。

「そっ、そんなバカな?」

ドアノブを持つ自分の腕がかすかに震えた。しかも! 目の前に見えているこたつの布団が、めくれ上がっている。

「ええっ!?」

Nさんはこたつ布団に目が釘付けになった。

(これはおかしいぞ、絶対におかしい)

神経質なMのこともあり、Nさんはこたつから出る時は確実に布団を直していた。ついさっきも布団は直したはずである。しかし、布団はまるでさっきまで誰かがこたつに入っていたかのようにめくれている。その日は朝までアパートには帰らなかった。

それからしばらくして、メンバー全員がたまたま部屋に揃った夜があった。いつものようにバカ騒ぎに興じていると、トントン、トントン。

またしてもノックが聞こえた。

「やべえ、みんな静かにしろ」

しかし、妙な点があった。それは隣部屋との境界線であるいつもの壁からではなかった。日頃は曲作りなどで使っている部屋からノックが聞こえたのだ。メンバーが全員この部屋にいるはずだ。

「おかしいぞ、誰もいないはずなのに?」

全員で恐る恐る曲作りの部屋を覗いた。雑然と置かれた楽器や楽譜があるのみで誰もいなかった。

薄暗い静まり返った空間。全員が無言になった。

「一応押し入れを確認してみるか、誰かが隠れているのかもしれない」

その部屋には二つの押し入れがあった。下の段は他のメンバーが使っており、上の段はMが使う予定であったが、まだ、自宅から荷物を持ってきていないMは荷物を全く置いてなかった。

「あれっ、これはなんだ?」

神経質なMが、押し入れの上の段の真ん中に置いてあったコンビニの袋をつまみ上げた。少し重みがある。明らかに何かが入っている。

「俺、確かにここを掃除したはずなのに……誰だよ、こんなゴミを置いたのは?」

Mが眉毛を吊りあげて怒っている。残りのメンバー全員が首を振った。

「俺たち、こんなゴミ置いてないよ」

なんとも不気味なコンビニ袋。しかし、開ける気がしなかったメンバーは、袋をそのまま放置すると居間に戻って雑魚寝した。

翌朝、全員で恐る恐るそのビニールを開けてみたところ、アイスクリームの空きカップと人形の足が一本入っていた。

「これ、気持ちわりいな」

「なんで、人形の足が入っているんだ?」

「こんな気持ち悪いもの捨てちゃえよ」

メンバー全員でそのコンビニ袋をゴミ箱に押し込んだ。

数日後、アパートの便所が壊れてしまった。古いタイプの便所でかなり老朽化していたため、汚物が流せなくなってしまったのだ。

「どうにかしてくれないと困るよ」

「勘弁してくれよ。トイレ行けないじゃん」

メンバー全員が交代交代で管理会社にクレームの電話を入れた。管理会社はさすがにたまりかねて、これを機会にアパート中の便所を全て修理することになった。便所が壊れたということもあって、Nさんは八千代市にある実家に帰って入浴や休養をしていた。するとバンドメンバーの一人から突然電話がかかってきた。

「おい、大変なことが起こってしまった。早くアパートまで来てくれ!」

メンバーが悲壮な声で訴えてくる。これはただごとではないと思ったNさんは、バイクを飛ばして高根木戸にあるアパートに向かった。

アパートに到着すると、その周辺は騒然としていた。救急車が一台、パトカーが四台も止まっている。Nさんは(メンバーの誰かが薬物でもやったのではないか?)と心配した。

(薬には手を出さない。メンバー全員で約束したじゃないか!)

そう考えながら、野次馬の群れをかき分けてアパートの中に入ろうとした。すると、いかにも刑事といったガタイの良い背広姿の男が、Nさんの前に立ち塞がった。

「おい、ここから入るな」

強い口調で進行を阻止された。Nさんはその態度に少々気分を害しながらこう反論した。

「俺、ここの住民なんです。だから通してください」

感じの悪い刑事は、しぶしぶNさんを部屋の中に入れた。入ってみると、メンバー全員が警察官から事情を聞かれている。

「君たち、隣の住民と交流はなかったの?」

「俺たち夜中に騒いでいたから、よく壁をノックされてクレームを受けていました」

Nさんも含め、全員がそう答えた。

「それ、いつぐらいの話なんですか?」

「二ヶ月くらい前ですよ」

すると警察官の顔色が変わった。

「そんなはずはない……」

「大家さんに聞いてくださいよ。入居したのは二ヶ月前からです」

すると警察官は首を傾げている。なんとなく妙な空気が流れた。警察官が重たい口を開いた。

「発見された遺体、死後半年は経っているんですがね……」

「ええっ!? 隣の人、死んでいたんですか?」

Nさんが素頓狂な声を上げた。どうやら便所の修理をするために隣の部屋に入った業者が遺体を発見し、このような大騒動になったらしい。多くの警察関係者が出入りしている隣室を、Nさんは恐る恐る覗いてみた。部屋の奥にビニールシートに包まれた遺体らしきものがある。

「これはなんだ?」

部屋中にゴミが入ったコンビニ袋が無数に置かれて、かすかに腐ったような匂いが漂ってくる。入り口の近くには赤ちゃんの人形があった。その赤ちゃんの人形には片足がなかった。

「これって…」

背中に冷水を浴びせられたような恐怖を感じたNさん。恐怖のあまり、その場にへたりこんでしまいそうになった。何回も聞いた壁をノックする音。押し入れにいつの間にか入っていた人形の足が入ったビニール袋。全てが繋がった。

(俺たちに見つけて欲しかったのかな。便所が壊れたのも見つけてもらいたい死者の気持ちがそうさせたのか?)

なんとも言えない気持ちになり、Nさんがアパートの外に出たとき、あの感じが悪かった刑事がにこやかな笑顔で声をかけてきた。

「ありがとうな」

その瞬間、Nさんは理解した。今の「ありがとう」は死んだ隣人からのメッセージであったことを理解したのだ。Nさんたちがそのアパートをすぐさま契約解除したのは言うまでもない。

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