六甲の〝うしおんな〟(兵庫県芦屋市) | コワイハナシ47

六甲の〝うしおんな〟(兵庫県芦屋市)

「牛女の話、聞いたことないか?」

私がある後輩に聞いたことがある。彼もいわば芦屋の近辺に実家があるというので、なんとなく聞いてみたのである。

「えっ、〝うしおんな〟の話を知っているのですか?」

と、逆に聞かれて、私自身が驚いたのを覚えている。

話を聞くと、私のいう「牛女」とは様子がまったく異なるようだ。だが、あとで意外な共通点があることに気がついた。

いや、とりあえず彼の言う「うしおんな」をここに紹介してみよう。

彼はバイクに乗って走るのが好きで、よく仲間たちを引き連れて六甲山のあたりを走り回っている。その仲間たちの間で、六甲山の裏山あたりにある神社の境内に親子の幽霊が出るという噂があった。

ならば、その幽霊を見てやろうと彼の友人数名がバイクを連ねて、そこへ実際に行ったのがことの発端であった。

それまでは、その親子の幽霊の話は有名であったが、あくまで単なる噂の程度のものだった。

しかし、幽霊が出る場所も時間も噂ではしっかりと決まっている。その幽霊が出るのは、午前二時。丑三時に現れる女と子供の幽霊。名づけて「丑女(うしおんな)」だというのである。

さて、真夜中にバイクで神社にやって来た若者たちは、バイクを神社の前に横づけし、懐中電灯を持って神社の境内に入っていった。

真っ暗な境内。

その中心にある社殿の格子を開けて、中に入った。そして、薄暗い灯火をたいて、中で幽霊話をひそひそはじめたのである。しばらく話し込んで、「出ないやないか」と、誰かが言った時、ふっと風が変わったような気がしてみんなが顔を外に向けると、いた。

「わあーっ」

と全員一目散に神社からバイクの置いてある場所まで走って逃げ、各自バイクにまたがったかと思うと急発進してその神社から離れたのだ。

「出たな!」

「うん、出た。出た」

「噂は本当やってんな」

「うん、うん」

だいぶ走った時だ。誰かがバイクが一台ついて来ないのに気がついた。

「おい、バイクが足りんぞ」

「えっ、あっ、あいつが来ていない」

「どうしたのやろう」

しばらく待っても来ないので、また、神社まで引き返すことにする。

案の定、神社の前にバイクが一台置きっぱなしになっている。

「あいつ、まだ境内におるのやろうか……」

心配だ。心配なのだが、誰もあの境内に入って彼を捜す勇気のある者はいない。朝になるまで全員で待とうということになり朝日が境内に差し込むまでそこで待っていた。

やがて、朝日があたりの様子をぼんやりと映し出した。

そんな時、わずかな太陽の日でもあれば、どんなにまわりの様相が変わるものか。

みんなは、境内に向かって歩き出した。

はたして境内に彼はいたのだ。気を失って、倒れていた。

気がついてからもしばらくは半狂乱の状態にあり、入院を余儀なくされたという。

その話を聞いた後輩本人を含む五人のバイク仲間がまたその神社に「うしおんな」を見にいったのだ。

バイクは怖いから、という理由で、一台の乗用車に肩を寄せあって五人が乗り込み、真夜中にその神社にやって来た。

境内の前の広場に、いつでも逃げられるように出口に向かって車を停める。ヘッドライトは煌こう々こうと進行方向を照らす。ブレーキを踏んでギヤをロウに入れ、いつでも発進できる状態にしておき、ラジオのボリュームを上げる。そしてドアを開けずに、そのまま車の中で待機した。

幽霊が出るのは、境内の中である。ということはここには出ないはずである。

それはわかっていても、妙に空気が寒けを誘い、誰も一歩も車から出る気にはならなかった。……時刻は午前二時を回った。五分が過ぎ、十分が経過した。

なにも出ないな、と安心したような失望したような雰囲気になってきた時、後部座席に座っていたひとりが奇声を発した。

「わあっー出たぁーっ!!」

「どうした。どこに出たんや!」

「前、前、前!!」

彼は半狂乱となって前を指さす。

車の前の様子は、ヘッドライトに照らされてよく見えるが、なにもいない。

「おらへんやんか」

「バックミラー!!」

はっ、として彼の指さす方向を見る。

テールランプに照らされて、幼稚園の制服を着た小さい男の子が立っているのが、はっきりとバックミラーに映っている。

「出たぁーっ!!」

車を急発進させて、ようようのことで帰ってきた。

あとで考えてみると、やはりあの子は本当に幽霊なのだろうかということが気になる。今思うとただの普通の子供だったようにも思える。でも、人家がまわりにない神社に、しかも午前二時の真っ暗闇の中にぽつんと立っているその姿はどう考えても尋常でない。やはり、あれは幽霊なのか。

これが彼の体験した「うしおんな」であった。

丑三つ時に出るから「うしおんな」。

昔から、幽霊は草木も眠る丑三つ時に出るのだと、よく言ったものである。だからといって、「丑なんとか」というネーミングは聞いたことがない。この場合の幽霊も出るのは女だけでなく子供も出るのだから、「親子の幽霊」なり「子連れの幽霊」あるいは神社の名前をとって「○○神社の幽霊」などと呼ばれるのが普通であろう。

丑三つ時に現れる女の幽霊であるから、「丑女」。

そのネーミングは若い人たちのセンスなのか。それとも根底になにかあるのだろうか。

余談だが、一九八八年の『週刊朝日』に、六甲のローリング族の間で噂になっている亡霊の中に、「牛人間」と呼ばれるものが出現しているという短い記事があった。記事は次のように述べている。

「それは、ローリング族には『牛人間』と恐れられている。首から下が黒い牛で、首の上が般はん若にやの顔。これが前足二本とうしろ足二本を同時に揃えて追っかけてくるそうだ」

今までの「牛女」とは上下逆であるが、般若というからには、これも女であろう。つまり、これも「牛女」の一種といえるだろう。

このように六甲の周辺に存在する「うしおんな」は、まだいろいろな形で存在しているのだろう。なにか「牛女」「牛人間」に関する情報があればぜひ私どものところへ寄せていただきたい。

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