山の住宅地に関する年譜と日記(群馬県) | コワイハナシ47

山の住宅地に関する年譜と日記(群馬県)

◆関係者一覧

簗瀬虚蔵……土木建設会社を経営する傍ら、パチンコ店や不動産会社も手がける実業家。

萩原大幾……住宅地の住民。大手企業に勤務。日記の閲覧と公開を許可してくれた。

蟻川勝太……住宅地の住民。暴走族に所属する不良少年。

小野英二……住宅地の住民。工場に勤務する会社員。

簗瀬綾乃……簗瀬の一人娘。

一九五三年(昭和二十八年)

簗瀬虚蔵、群馬県の山沿いの町に、土木建設会社社長夫妻の長男として生まれる。子供の頃から腕っ節が強く、女好きで、些か荒れた少年時代を送る。

一九八八年(昭和六十三年)

簗瀬虚蔵、父親の病没により、三十五歳で家業を継ぎ、土木建設会社の社長に就任。簗瀬家は代々、地元政治家との親交があり、業績良好で、異業種の経営にも着手するようになる。

一九九六年(平成八年)

同じ町にパチンコ店があったが、業績が落ち込み、二年前に閉店していた。簗瀬虚蔵がその土地建物を買収。新しい店として再生させる。経営は成功し、多額の利益を得る。簗瀬、宅地建物取引士の免許を取得。

二〇〇〇年(平成十二年)

簗瀬虚蔵、近くの山林(高台の雑木林)を買収、分譲地として宅地開発を開始。自らパワーショベルとブルドーザーを操縦し、整地を行うが、そこに多数の無縁仏があった。

二〇〇二年(平成十四年)

分譲地の販売が開始され、住宅が建ち始める。工場で働く小野英二(当時四十歳)、四人の家族とともに転入。この年のうちに六軒の住宅が建てられる。やがて「見慣れない中年の男が家の前に立っていた。不審に思って声をかけたら消えてしまった」などと言い出す者が出てきた。その男は短髪で、継ぎ接ぎだらけの粗末な衣服を着ているという。

二〇〇三年(平成十五年)

六月、大手企業に勤務する萩原大幾(当時三十一歳)、二十五年のローンを組んで自宅を構え、妻と幼い娘と三人で転入。十二月、妻子が「知らない男の人が家に入ってきて、消えた」と怯え始める。男は旧大日本帝国陸軍の軍服らしき服装で、いきなり居間に現れ、壁まで進んで姿を消した。窓もドアもすべて施錠してあり、外から人が入れる状況ではなかった。妻も娘も悲鳴を上げて泣き出したという。

二〇〇四年(平成十六年)

三月、萩原家の隣に蟻川家が転入。庭に離れを建て、そこが長男である勝太(当時十五歳)の部屋となる。四月、勝太、高校進学と同時に地元の暴走族に加入する。九月、当初は怪異を信じていなかった萩原大幾も不可解な現象と遭遇。

萩原大幾の日記平成十六年、九月二十六日

九月二十五日、午後十時半頃、寝室で眠ろうとしていると、まだ買い手がつかない裏の更地のほうから騒ぎ声が聞こえてきた。話の内容は聞き取れないが、声からして少年たちらしい。手を叩いたり、歌を唄ったりしている。また隣の馬鹿息子が不良仲間を呼んで騒いでいるのかと思った。しばらく我慢していたが、午後十一時半になっても静かになる気配がないので窓を開け、暗闇に向かって怒鳴った。

「うるさいぞっ!いい加減にしろっ!」

更地は真っ暗で、反応がなかった。

「もう夜中なんだぞっ!近所迷惑だっ!」

依然として反応はない。暗闇をよくよく見ると、更地には誰もいなかったのだ。

これは、どういうことなのか?わけがわからないまま、ベッドに戻って寝ようとしたときのことである。目を閉じていると──。

口の中に、ズボオッ!と固いものが押し込まれた。

濡れた雑巾やタオルを絞ったあと、広げずにほったらかしておくと、ねじれたままカチカチに固まってしまうことがあるが、まさにそんな感じのものが何の先触れもなく口の中、それも喉の近くまで入り込んできたのだ。ひどい味がした。

ぶったまげて目を開けたが、何も見えなかった。同時に、その固いものの感触も消え失せた。どんな味だったのか、なぜかすぐに忘れてしまって、どうしても思い出せない。とにかく、ひどい味だったことだけは覚えている。断言するが、決して眠ってはいなかった。妻子の話を「あるわけねえだろ」と笑い飛ばしたことを反省する。

《日付が変わった九月二十六日、午前一時過ぎに書き記す。眠るに眠れなくなったので》

二〇〇五年(平成十七年)

二月、小野英二、自宅に丁ちょん髷まげを結って和服を着た男が現れて消えた、と近所の人々に語る。六月頃から蟻川勝太、毎晩バイクで外出し、夜中に帰宅、朝まで音楽を大音量で流すようになる。八月、騒音に怒った萩原大幾、帰宅した勝太を呼び止め、「おまえ、いつもうるさいぞっ!いい加減にしろよっ!」と叱責する。勝太、反抗することなく事情を説明して謝罪。両者はこれを機によく話すようになる。

萩原大幾の日記平成十七年、八月十日

隣家の勝太を叱ると、「すいません、萩原さん。でも、聞いて下さいよ」と素直に謝ってきた。勝太の話によれば、彼が真夜中、バイクで帰宅して離れのドアを開けると、真っ暗な部屋の空中に狐火のような光が三つ浮かんでいることがある。電気を点けると消えてしまうが、消すとまた現れる。その現象が少なくとも週に二度は起きているのだとか。おかげで朝まで電気を点けっ放しにした上、音楽を大音量で流していないと、怖くて一人で離れにいられないのだという。

以前の自分なら一笑に付すところだが、今は勝太の話を信じる自分がいる。

二〇〇六年(平成十八年)

分譲地は完売して住宅数は十七軒に増加、そのすべてで何らかの怪異が発生。身なりや髪型からして、古くは江戸期、もしくはそれ以前と思しき時代から、昭和の戦後期まで、さまざまな時代の幽霊が目撃される。小野英二、近くの集落に住む古老から、以前この地に数多くの無縁仏が並ぶ墓地があったことを耳にする。小野、他の住民たちと相談を重ねる。

萩原大幾の日記平成十八年、七月二十八日

蟻川勝太から新しい体験談を聴く。怪談が好きな暴走族仲間が、勇んでわざわざ離れに遊びに来たが、すぐに黙って逃げ帰ってしまったという。後日、その仲間はこう語った。

「おめえのベッドの下に人相の悪い婆さんがいて、こっちをジイッと見てやがったんだ。顔が真っ青で、生きてる人間とは思えなかったぞ」

さらに勝太は離れに彼女を連れ込んだが、彼女は幾らも経たないうちに部屋から逃げ出し、「帰るからバイクで送って。早く送って」と騒ぐ。どうしたのかと訊くと、彼女は、

「だって、エッチの最中、知らないオッサンが天井に蜘蛛みたく張りついてて、ニタニタ笑ってるんだもの!目が合っちゃったじゃん!こんな家、二度と来たくない!」

と、泣き出したという。

その後、勝太は彼女と別れたらしい。

二〇〇七年(平成十九年)

一月、住民を代表して小野英二が簗瀬虚蔵に「幽霊が出るのは、あんたが無縁仏を壊したからだ」と抗議をするが、簗瀬は「そんなもの、関係あるかい」と取り合わず、逆に不動産事業を拡大。近くの藪の中にまだ無縁仏が隠れていたにも拘らず、その土地を新たに更地化。親族や部下が反対するも、簗瀬は「幽霊なんているもんか。世話ねえ世話ねえ」と押し切る。

七月、小野英二、勤務先の工場で事故に巻き込まれ、顔面から劇薬に浸かって重傷を負う。両目が潰れ、顔の皮膚と肉の大部分が焼け爛れたが、すぐには死なずに苦しみ続けて二日後に死去。享年四十五。

住民たちはひどく怯え、相談した末、祈祷師を招聘。男性祈祷師は御祓いを行った上で、各家の鬼門と裏鬼門に御札を貼る。「これは絶対に剥がしてはなりません。効き目が切れる頃にまた参ります」と念を押して帰った。以後、幽霊を目撃する住民は減少する。

二〇〇八年(平成二十年)

六月、蟻川勝太、バイクで事故を起こし、左手と左足を複雑骨折。八月、蟻川家全員が逃げるようによその土地へ転居。

萩原大幾の日記平成二十年九月三日

「離れに出る狐火が、前よりでっかくなったんスよ。その中に人の生首が見えるんです」

そう語った勝太の、今にも泣き出しそうな顔が忘れられない。彼はその翌日、事故に遭った。他の家と違って、蟻川家だけは怪異が続いていた。

空家になってから内緒で庭に入って確認したところ、鬼門と裏鬼門に貼られていたはずの御札がなくなっていた。勝太は高校を中退して十九になっていたが、定職に就かず、暴走族に入ったままだったので、近所の評判は良くなかった。この住宅地の中には、

「あいつ、中学でも高校でも、よく他の生徒をいじめてたらしいよ。たまにあの家の前で知らない若い奴を見かけたんだけど、同級生が昔の恨みを晴らしに来たんじゃねえのかい。どっかでここの噂を聞きつけて、御札を剥がしに来たんだろう」

などと言う向きもある。

ただ、憶測に過ぎないが、勝太が夜通し流す音楽に腹を立てた近所の誰かが、密かに御札を剥がしていたとしても不思議ではない。

二〇〇九年(平成二十一年)

簗瀬虚蔵、自身も幽霊を目撃するようになる。一人で会社の事務所にいると、いつしか見知らぬ男女が五、六人現れ、恨めしそうな目つきで彼を睨むという。鎧武者が現れ、血が付着した刀を抜いたこともあったそうで、これには豪胆な簗瀬も耐えられず、事務所から一時逃げ出した。また、この頃から彼が経営するパチンコ店の利用客が著しく減少。

二〇一〇年(平成二十二年)

年明けに簗瀬の妻、蜘蛛膜下出血で倒れ、急逝。春には一人娘の綾乃(当時二十一歳)が「家に幽霊が出た!」と言ったあと、言動に異常を来す。美しい娘だが、急に身なりに気を遣わなくなり、仕事を辞め、自宅で暴れたり、意味不明の言葉を発するようになった。精神病院にて統合失調症と診断され、入院を余儀なくされる。秋に簗瀬が経営する土木建設会社の社員が別の町にある作業現場で機械に巻き込まれ、死亡する事故が発生。

二〇一一年(平成二十三年)

十月、簗瀬虚蔵、風呂場で転倒。頚髄損傷により、頭部を除いて全身を動かすことができなくなる。簗瀬、入院した病院へ見舞いに訪れる者たちに、遭遇した怪異を詳しく語る。「生首だ。湯船から、生首が飛び出してきたんだ。びっくりして転ぶのも当然だんべえ」「昨夜も病室に鎧武者が出やがった。俺が逃げられないのをいいことに、朝までベッドの脇にいやがってな……。おかげで一睡もできなかったぜ」などと零す。

パチンコ店は客足が遠のき、赤字が続いていたが、この年限りで閉店。

二〇一四年(平成二十六年)

五月、簗瀬の娘、綾乃は統合失調症から快復、精神病院より退院。十一月、簗瀬虚蔵、三年間寝たきりの末、尿路感染症を原因とする敗血症により死去。享年六十一。綾乃は土木建設会社と不動産会社の経営を受け継ぐことなく他人に譲り、旧パチンコ店の土地建物も売却しようとする。

二〇一八年(平成三十年)

山の住宅地では現在も数年おきに祈祷師が訪れ、御札の交換を行っている。新しい住宅は増えず、むしろ空家が増加。萩原大幾は「僕はローンの支払いに縛られているので、仕方なく今も住んでいますが、御札あっての町なんです。なければ住めたもんじゃありません」と嘆息する。

綾乃は他県に転居。旧パチンコ店の土地建物は未だに買い手がついていない。

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