盂蘭盆会の朝、超高速(群馬県) | コワイハナシ47

盂蘭盆会の朝、超高速(群馬県)

盂蘭盆会の朝(群馬県)

海がなくて東西と北を山地に覆われ、南に関東平野が広がる群馬県の夏は、とにかく暑い。そんな酷暑が続く晩夏のことである。

八月、盂蘭盆会の入りの日。前橋市内で町工場を営む男性Y田さんは、早朝から出勤してきた。社員数名の小さな会社で、部下たちには盆休みを与えていたが、どうしても断れない仕事が入ったので、一人で出勤したそうだ。彼が工場のドアを開けたところ──。

奥のほうから、途轍もなく大きな羽音が聞こえてきたかと思うと、薄暗い室内から、巨大な昆虫が飛び出してきた。

「ほええっ!」

それはコバルトブルーに輝くカナブンであった。見慣れない体色だが、それ以上に驚いたのはその大きさで、体長三十センチを優に超えて見える。世界最長のカブトムシといわれるヘラクレスオオカブトよりも遙かに長さがあって、大きかった。Y田さんは虫が苦手なわけではないが、咄嗟に大きく飛び退いた。驚いて身体が勝手に反応したのだという。

カナブンは彼の目の前を通過して、屋外へ飛び出していった。

Y田さんはすぐに振り返ったが、カナブンはどこへ行ったのか、もう姿が見えなかった。ただし、その羽音だけは上のほうから聞こえてくる。

Y田さんは晴れ渡った早朝の大空を仰いだ。羽音は大空を遠ざかってゆき、やがて連日の熱気が立ち込める晩夏の街に消えていった。

超高速(群馬県前橋市)

同じ前橋市内で起きたことだが、前の話とはまったく関連のない工場での話だ。四十代の男性M本さんは、その工場で長年にわたって働いている。

四月上旬の昼間のこと。休憩時間になったので、彼は操作していた大きな機械を止めた。そこへ仲の良い後輩がやってきた。二人が機械の前で談笑していると、

「先輩、あれ……」

後輩が機械のほうを指差す。

M本さんが振り返ると、何もいなかった。

「今、機械の横をカブトムシが走っていったんですよ。凄い速さで……」

「はあ?」

そのカブトムシは機械と機械の間に入っていったのだという。M本さんは十五センチほどの隙間を覗き込んでみたが、埃が溜まっているだけで何もいなかった。

「何言ってんだよ。大体、この時季にカブトなんか、まだいねえだろ」

ましてや工場は出入り口のドアが閉まっており、大型の昆虫が入れる隙間はなかった。

「いや、確かに見たんですよ」

「……じゃあ、ゴキブリでもいて、カブトと見まちがえたんじゃねぇんかい」

M本さんが苦笑しながら顔を上げたときのことである。

向こうから床を這ってくるカブトムシが、視界に飛び込んできた。長い角を持った大きな雄が、相当な速さで六本の脚を動かし、M本さんの足元を通過すると、機械と機械の隙間に入り込んでゆく。

二人は慌ててまた隙間を覗き込んだが、カブトムシは既にいなくなっていた。一瞬目撃しただけとはいえ、確かにゴキブリではなく、体長八十ミリはありそうな、立派な雄のカブトムシであった。

ちなみに、カブトムシの身体は鎧を纏ったような重厚な造りのため、敏捷に動くことはできない。ましてや工場の床は滑らかなコンクリートでできている。カブトムシは樹上生活に適応した昆虫なので、脚には鋭い爪があり、それが滑らかな床の上では滑ってしまい、まっすぐ歩くことすら困難なはずなのだ。

「今の、ほんとにカブトだったのかな?」

M本さんは首を傾げ、後輩は唸ってしまった。それからしばらくの間、様子を見ていたが、カブトムシがまた姿を現すことはなかったそうである。

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