雷との〈ら〉(群馬県) | コワイハナシ47

雷との〈ら〉(群馬県)

群馬県には児童教育にも取り入れられている『上毛(じょうもう)かるた』がある。上毛とは群馬県の旧名、上毛野から〈野〉を除いて音読したもので、『上毛かるた』は県内の名所旧跡や名物、歴史上の人物や人間の気質などを詠んだカルタ遊びのことだ。

例えば〈ら〉は、「雷(らい)と空っ風義理人情」。

確かに以前の群馬県は、夏に雷雨が多かった。昔住んでいた家の前に電柱が立っていて、そこに落雷が二度あり、庭で飼っていた犬がショック死しかけたこともある。近所には電柱から弾け飛んだ器具に窓ガラスを割られた家もあった。落雷後は辺り一帯が停電となり、雷雨が完全にやむまでは復旧作業が行えないことから、朝まで家の中は真っ暗闇になった。地震や水害が少ない群馬県において、最も恐ろしい天災が雷だったのかもしれない。

だが、自然環境の変化からか、近年はだいぶ減った感がある。

これは、その雷雨に関する話だ。

N美さんは群馬県南西部の山村に嫁ぎ、娘二人が誕生した。姑とも仲良く同居していたが、女好きで気が荒い夫とは次第に仲が険悪になり、離婚することになった。おまけにその頃、姑のK代さんの体調が悪くなって、病院で検査を受けると、末期癌で手に負えない状態だという。そこで夫とは「別れるのは、お義母さんを送ってあげてからにしようね」と話していた。K代さんは入院したが、余命の告知はせずにいた。すると、病が治るものと思っていたK代さんは気を遣ってくれた。

「私が退院したら、すぐに離婚していいんだよ」

K代さんはいつもそんな風に優しくて、気が利く人物であった。N美さんは隠れて涙を流さずにはいられなかったという。

結局、K代さんは数ヶ月後に亡くなってしまった。N美さんは夫と離婚して娘たちを引き取り、同じ県内にある実家へ戻った。

K代さんはN美さんの娘たちをとてもかわいがっていた。長女が小学生になった頃、

「お祖母ちゃんが夢に出てきた」

と、口にしたことが何度もある。夢の中のK代さんはいつも微笑みながら「字が上手くなったねえ」「友達が沢山できて良かったねえ」と褒めてくれるそうだ。

ある日、N美さんは休日に娘たちを連れてピザ店へ行った。そこはK代さんが生前、とくに気に入っていた店でもあった。三人でピザを食べていると、

「M」誰かが長女の名前を呼んだ。優しそうな老女の声であった。「美味しいかい?」

お義母さん!N美さんが気づいたのと同時に、長女も左右を見回した。二人ともK代さんの声を聞いていたのである。しかし、その姿を目にすることはなかった。

それから数年後。N美さんは盆や彼岸、命日には必ず娘たちを連れて、K代さんの墓参りに行くことにしていた。その年も盆の八月十三日に行くことにしたが、墓地はかつて暮らしていた集落の奥にあり、盆や彼岸に行くと必ず元の親戚や知人に会ってしまう。離婚したことを非難する者や穿鑿する者が多いので、N美さんはこの集落が大嫌いになっていた。けれども、K代さんのことは今でも敬愛しているし、娘たちにとっては大事な祖母である。

(やっぱり行くしかないよね……)

気が進まなかったが、仕事の都合などで盆の間に三人がそろって出かけられるのは、この十三日しかない。N美さんはやむなく車に娘たちを乗せて出発した。途中にあるスーパーで花を買う間も嫌で堪らず、ひどく憂鬱になっていたという。そのとき、

「大丈夫だよ。あたしが守ってるからね」

と、声がしたのでそちらに目を向けると、K代さんが立っていた。生前に好きだった紺色の和服を着て、にこやかな表情をしている。

「お祖母ちゃん!」

一緒にいた長女も気づいたが、途端にK代さんは姿を消してしまった。二人そろって幻を見たのだろうか、とN美さんは思った。だが、奇跡はまだ続くことになる。

スーパーを出ると、空は晴れ渡っていて風もなく、猛烈な暑さが襲ってきた。ところが、かつて住んでいた集落へ近づくにつれ、強い風が吹き始めて急速に空が曇ってきた。

灰色の入道雲から稲妻が走り、雷鳴が轟く。すぐに雨が続き、凄まじい勢いで地上へ落下してくる。雷もそれを凌ぐ轟音を続けざまに響かせた。三人は命の危険を感じて緊張したが、N美さんは車に乗ってさえいれば、落雷から身を守れることを知っていたので、我慢してそのまま走り続けた。

かつて暮らした集落に入り、墓地へ向かうと──。

何と、到着するなり、雷も雨もやんでしまったのである。車から降りたときには、雲が散ってゆくのが見え、青空が覗いていた。おかげで墓地でも往復の道でも、元の親戚や知人とは会わずに済んだ。

(本当に守ってくれているんだなぁ)

N美さんはK代さんに感謝しながら、いつまでも墓前に手を合わせていた。

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