【長編】呪い返し前後(東京都) | コワイハナシ47

【長編】呪い返し前後(東京都)

呪い返し前(東京都)

某作家、仮にクスコさんとしておくが、彼女から取材した話。

「クスコ」とは彼女の別エピソードから連想したネーミングなので、もし似た筆名(本名)の女性作家がいたとしても、無関係であると念を押しておく。ちなみに彼女は、怪談関係の仕事もいっさいしていない。

昨年、クスコさんが本を出版した際、有名書店にて販促イベントを行う運びとなった。書籍に関わった女性イラストレーターとの登壇で、男性の担当編集Aも同行していた。イベントはつつがなく終わり、観客たちも全て会場からいなくなった後。

最後列の席に、女が一人、どしりと居座っているのが目に入った。

「やけにガッシリした体格の大女だったんですけど、恰好もまた個性的なんですよ」

頭に巻いたバンドから、ちりちりしたドレッドヘアが飛び出している。胸より上があらわなビスチェ風トップス、下のお尻がくっきりはみ出すショートパンツに網タイツといった出で立ち。

あの人、なんで帰らないんだろう。いぶかしみつつ後片付けしていると、女がつかつか寄ってきて「Aさんと話したいんですけど」と、編集の名前を告げてくる。イラストレーターと二人、狭い会場を見回したのだが、先ほどまでいたAの姿が見当たらない。

「ちょっと出払っちゃってるみたいです」

そう謝ると、女はさっさと会場から出て行ってしまった。

少しして戻ってきたAは、なにやら小さな紙袋を三つ、手にしている。

「さっき来てたお客さん、というか僕の友達なんだけど、その人からのプレゼント。僕ら三人への出版祝いの品だって」

クスコさんが「どなたですか?」と訊ねたら、「先ほどのガタイのいいド派手さんから」とAは答える。

Aさんってインパクト強い友達がいるんだなあ、と思いながら、その場はありがたくプレゼントを頂戴しておいた。

帰宅後、紙袋を開けてみる。現れたのは、真っ黒い木彫りの人形だった。

つくりは素朴で、装飾は藁わららしき腰ミノをつけているだけ。しかし黒い体のあちこちに、ブツブツした突起が嵌められているのが不気味だ。

袋にはまた、一枚の写真も入っていた。写っているのは、民族衣装を着た黒人男性。カメラ目線で満面の笑みをたたえつつ、ここにあるのと同じ人形を手にしている。

なんだこれ……。まったく意味不明のプレゼントに困惑したクスコさんだが、ふと写真を裏返すと、そこには小さな文字の日本語が書き込まれていた。どうやら、人形と男性についての説明が記されているようだ。

「この男の人は、トーゴのブードゥー呪術師さんです」「人形は彼が祈祷した、ありがたいもの」「ブードゥーというと黒魔術みたいなイメージですが、けっして悪い宗教じゃありません」などなど。

それはわかったが、いったいこの人形には、具体的にどのような祈りが込められているのか。なぜかその点については、長ったらしい文章のどこにも触れられていない。

翌日、イラストレーターにも連絡を取ってみた。

すると彼女にも同じような人形と写真が贈られていたとのこと。

「当たり前ですが、すごく怖がっていて。私の方で引き取ってもらえないかと泣きつかれたので、仕方なく、うちに送ってもらうことにしました」

怪しいブードゥー人形を二体も所有するはめになってしまった。処置に困ったクスコさんは、とりあえず二体とも、家にある不動明王の神棚に置いてみたという。

しかし異変はすぐに始まった。

二体の人形が、すさまじい悪臭を放つようになったのだ。紙袋から出した時はなんともなかったのに、「動物園の獣の檻からするような臭い」が、日を追うごとに増していく。最初は、飼っている三匹の猫が吐いたのかとも思ったが、明らかに違う。それどころか、今まで神棚あたりをうろついていた猫たちは、人形を置いた時点からやけに警戒を強め、近づこうともしなくなっている。

さらに生活を続けるうち、人形の方向から「刺すような痛み」を感じるようになった。尖った物でなぶられているような感触。これまでなかった頭痛も頻発するようになる。

さすがにクスコさんも怒りを覚えてきた。どういうつもりで彼女がこんなものを、私たちに渡したのか?

編集者のAなら知っているだろうと、直接会う約束をとりつける。

当初はしらばっくれていたAだったが、さんざんに問い詰めると、ようやく重い口を開いて白状してきた。

あの女は、妻子あるAの不倫相手だった。スピリチュアル志向と行動力が強い上、親が資産家である彼女は、海外を何十か国も渡り歩き、各地の信仰文化に触れる生活をしていた。トーゴに行ったのも、その一環らしい。

そうした経験が書籍に繋がるのでは、とAは彼女にコンタクトをとったが、面会を重ねるうちに密通関係となったのである。

「ちなみに彼へのプレゼントは、木彫りの亀でした。同じ呪術師がつくったものですが、〝亀〟って、えらく生々しいなあ……と」

そこにもやはり同じ呪術師の写真が同封されていたようだ。ただし、その裏書だけにはキチンと効能が説明されていた。

いわく、「二人の愛が永遠に続く祈祷をしました」

Aは土下座する勢いで詫びてきたが、そんなことより人形をどう扱うかが問題だ。

あの女性の風体、Aから聞き及んだ感触、これまでの状況からして、自分たちに妙な誤解を抱いている可能性もある。もし攻撃的な祈祷がかけられていたとしたら……。

呪術の類を信じるかどうか別として、あまり気持ちのいいことでないのは確かだ。

「人形からずっと嫌な感じ、怒ってる感じがしたのは、もしかしたらお供え物がよくないのでは、と思ったんです」

神棚にはいつも日本酒を供えていたが、国が違えば好みも違うだろう。インターネットで検索すると、どうやらトーゴ人はラム酒をよく飲むようだと判明。その日から盃にラム酒を入れることにする。

翌朝、盃の酒が半分以下に減っていた。

次の日にはそれより少なくなり、その次の日にはまたと、毎朝注ぎ直しているにも関わらず、どんどんラム酒の減り方が激しくなっていく。数日後には、盃の底に水滴が残るだけといった程になり、そこでようやく落ち着いた。

……これはヤバいやつだ。

当面はお供えで様子をうかがいつつ、今後の対処を考えよう。クスコさんは慎重に動くことを決めた。

一か月近くが経っただろうか。

クスコさんは仕事の都合で、三日ほどの出張を余儀なくされた。その間、人形がどうなるか心配ではあった。母親も同居しているが、怖がらせないよう諸々の事情については黙っており、世話を頼む訳にもいかない。

仕方なく、盃を大きめのコップに替え、いつもの三倍以上の量のラムを入れておいた。

三日後、帰宅して早々、神棚の様子を確認してみる。すると人形が二体とも無くなっているではないか。

猫の仕業?でもあの子たちは近寄りもしないはずだし……。

部屋の隅々まで探してみたが、どこにいったか影も形も見当たらない。そうするうち、同居している母が「あんたさあ、これ……」と困惑した表情で話しかけてきた。見ると、両手の先におずおずと人形二体をぶらさげている。

「……ねえ、この人形、おかしいわよ」

クスコさんの留守中、母が気づくといつも、棚から人形が落ちているのだという。しかも転がっている場所はいつもまちまちで、落下地点とは思えないような片隅の方にあったりする。

「戻しても戻してもまた転がってるのよ。これ、どっから持ってきたの?」

「猫が転がしたんじゃないの」笑ってごまかそうとしたが。

「いいえ、この部屋に猫は絶対に入ってません」と断言されてしまう。

神棚のコップを見れば、まったく空の状態だ。飲むペースも早くなっているのか、ラムが足りないと怒りを買ったのか……。

「仕方なく母に経緯を話したら、それはすぐに処分しないとダメだと言われてしまい──」

動揺した母親は、もう今日にでもなんとかしてくれときかない。人形供養をしてくれる寺院を探す余裕もなく、お寺がブードゥーの呪物を受け入れてくれるかもわからない。

「これからずっとラム酒あげ続けるつもりなの?今ここでどうにかしないとダメでしょ」

冷静に考えれば、確かに母の言う通りだった。

仕方なく、家の庭にて「お焚き上げ」を行うことにした。

燃焼材や新聞紙を用意。きっちり燃えてほしかったので人形にはオリーブオイルを満遍なくまぶし、火をつけた。

そのとたん、予想もしなかった悪臭がたちこめる。肉や髪の毛が焼けているような生臭さ。木と藁だけの人形のどこからこんな臭いがするのか。

しかも炎はごうごうと上がっているのに、人形はいっこうに燃える気配がない。どんどんオリーブオイルを足し、火の勢いを強めても、それは人形の表面をなでるだけ。

結局、中途半端に焼けただれた人形たちは、より気味が悪い外見になってしまった。

もうダメだ、これはトーゴまで帰ってもらうしかない。

神奈川のクスコさん宅から、海岸まではほど近い。某ふ頭から太平洋へと人形二体を流し、アフリカ大陸へ流れ着くことを祈った。

「海は一つに繋がっているっていうから……」

それ以降、人形はクスコさんの前から姿を消した。

都市伝説さながら、いつの間にか家に戻ってきて……などという事態にはなっていない。

ただし、話はここで終わらなかった。

呪い返し後(東京都)

本稿執筆にあたり私は、クスコさんへの取材コンタクトを何度か試みている。

まずはメールで概要をいただき、次に直接会って話を伺おうとした。日時場所まで決めたものの、その前々日深夜に突然のキャンセル。クスコさんが突然体調を崩してしまったからだ。夜間診療に行ったところ、時期外れのインフルエンザにかかってしまっていたという。

どうもこの話については、語ろうとすると種々の異変が起こるようである。ただの偶然と割り切れない理由がもう一つある。

クスコさんの体調復帰を待って、インターネット通話にて取材を行うこととした。先述した体験談を語ってもらいつつ、話がブードゥー人形のくだりに入ったとたん。

ガタタタ!

私のイヤホンに、驚くほどの衝撃音が響いた。慌ててなにごとか訊ねたが、双方で音声が通じていないようだ。

「すいません」

数分後、クスコさんからの声が聞こえてきた。一時的にネット回線のトラブルがあったようだが、それはまあいい。

「なにか倒れたみたいですけど、大丈夫ですか?」

「はい、まあ大丈夫ですけど」

突然、神棚の板が外れてしまったという。ブードゥー人形二体を乗せていたものだ。現在は稲荷の狐像などを置いているが、それらと板そのものが床に叩きつけられたのが、先ほどの音の正体らしい。

「それ、少し嫌な感じですね」

奇妙な符号と音の大きさにひるんでしまった私に比べ、先方は落ち着いていた。

「この話をすると、よくあることなので。じゃあ続きにいきますね」

まったく困ったものだという声色から、こうした事態に慣れている様子が伝わってきた。

人形たちを海に流した、後日譚である。

クスコさんは再び、出版記念のイベントを行うことになった。中央線沿いの某書店にて行われた催しで、対談形式のトークショー。相手は、宗教学を教えている大学教授である。

「一連の騒動が落ち着いたところだったので、予想すらしていなかったんですが」

イベント開始直後、壇上にて語り始めようとしたクスコさんは、思わぬ顔を発見する。人形を贈ってきた、あの女が来場していた。しかも最前列の真ん前に座り、自分をじっと見つめている。

「これまでの話がAさんから伝わってるのかどうか知らないけど……。いったいどんなつもりで来たのかなって」

恐怖を感じながらも、なんとか前半部分のトークをこなし、休憩時間へ。それまでの緊張から、とにかくタバコをすいたくなったクスコさんだったが、書店内はどこも完全禁煙となっている。

「急いで、喫煙スペースがある近所の公園に行ったんですが」

敷地に入ったところで、あっ、と足が止まる。隅の方で、膝を折って丸くうずくまる人影が目に入ったからだ。こちらに背を向けていても、一瞬であの女だとわかった。

「あの、大丈夫ですか?」

そのまま無視するのも気まずく思い、そう訊ねてみた。

「……だいじょうぶ」

女は頭を下げたまま、やけに低く、しわがれた声を発した。

それ以上かまけても厄介だろうと、クスコさんは女をそこに残し、喫煙スペースで一服する。そしてタバコをすいおわったところで振り向くと、フラフラと歩く女の後ろ姿が目に入った。書店とは見当違いの裏路地を、右に左によろけながら歩いている。

もう帰るのか……。まあ、こっちとしたらありがたいけど。

書店に戻り、編集者のAに「いなくなっちゃったけど、いいの?」と聞いてみたが「知らねえよ」との返答。少し前から、二人の不倫関係は終わっているようだ。

ともあれ、その後のイベント自体はつつがなく終了した。

客が全て出払った後のこと。クスコさんは対談相手である教授と二人きりになったタイミングでこっそり相談をしてみた。女とブードゥー人形にまつわるこれまでの出来事をかいつまんで説明し、世界中の宗教文化に詳しい彼に見解を求めたのだ。

「ブードゥーの呪いについて、私がおこなった対処法はよかったのかどうか迷っていたのもありました」

すると教授は、まずクスコさんに対してこんな質問をしてきた。

「それ、呪物だって気づいたんでしょ?」

「はい。私も多少は知識があるので」

「あと、人形をくれた人には、その後に会ってますか?」

「まさにさっき。最前列に座ってましたけど、休憩中に帰っちゃいました」

なるほどねえ、教授が深くうなずく。

「だとしたらその人、自分がやったことがバレてると気づいてますよ」

その時点で呪術は失敗です、と教授は説明した。丑の刻参りにしても、呪いをかけている姿を誰かに見られてはいけないルールとなっている。呪術の行使が、相手もしくは他人に判明してしまったらアウトなのだ。

より正確に言えば「術者本人が、自分が呪いをかけていることを、人に知られてしまったと、認識してしまう」、そのバレたという自身の「認識」が、呪いを弱めてしまう。ましてや対抗する呪術返しをされたと知ったら、もうおしまいだ。呪術はもう無効化するのである。

「あなたも素人ながら、お不動さんの神棚に置いたり、ラム酒を捧げたりして処置してたんでしょう。海に流したというのも、伝統的な厄祓いの方法ですね」

さきほどの様子からして、クスコさんの行動は相手に伝わっているだろう。その女も知識があるようだから、こうした「呪いのルール」をわかっていないはずがない。

これは面白い見解だと、私も思った。呪われた対象が「自分は呪われているかもしれない」と一人でクヨクヨ悩むだけなら、むしろ呪術は力を増すだろう。しかし、例えば他の呪い師に相談して対抗呪術をおこなってもらうなど、事態を公の場にさらけ出すことそのものが、真の意味での「対抗呪術」となる。

呪術とは、相手を殴ったり、面と向かって文句を言うなどの直接的な力の行使ではない。表面上はにこやかな友好関係を保っている人間が、実は裏で自分を呪っている。このような関係性にこそ、呪い・呪われるパワーが生じる。

互いに忖度し合うような、間接的かつデリケートな人間関係があって初めて成立する。そうした高度コミュニケーションが及ぼす影響力をこそ、「呪術」と呼ぶのではないか。

「呪いエネルギー」が物理的に存在するかどうかはともかく、呪い・呪われるの土俵に乗っている以上、自分の呪術に気づかれ対抗されたと術者=あの女が「認識」してしまったら、呪いが返ってくることも了承せざるをえない。

だから今回の件については、と教授は結論を述べた。

「──その人がかけた呪い、本人が全部しょいこんでいます」

後日、クスコさんが確認したところ、女が頻繁に更新していたSNS関連のアカウントが、全て削除されていた。編集Aに消息を聞いても、いっさい連絡がとれなくなったのだという。

あの女は、自らの呪いに潰され、姿を消してしまったのだろうか。

クスコさんの体験談を聞き終わったところで、私はそのような感想を抱いた。しかしすぐ、ひっかかる点に思い至る。インフルエンザや神棚の崩落など、この件の取材時に起きた、小さくはあるが妨害めいたトラブルはなんなのだろう?

いやそれ以上に、クスコさん自身がそれらトラブルに「慣れた様子」なのはどうしてなのだろう?

事態はまだ、収束していないのではないか?

「そうですね、最近になって、彼女はまたブログ開設してバリバリ書きまくってますし」

もはや清算されたと思っていた編集Aとの関係も、不穏な動きを見せている。プライバシーに関わるので詳述しないが、去年からAの親の事業が頓挫したりと、A自身の生活も上手くいかなくなっている。救いを求めるように、Aはまた女とのよりを戻したようだ。

そしてクスコさんが語っていた、「この話をすると、よくあること」とはなんなのか。

「今した話って、何人かの友人たちにも一部始終を聞いてもらってるんです」

だからもう本に書いてもらってもいいんですけど、ただね。

「なんか、臭いが……」

それまで饒舌だったクスコさんの声が、初めて逡巡するようにこわばり澱んだ。

「はい?臭いってなんですか?」わざと空気の読めないフリをして、私が尋ねる。

「……友達に話すたびに、いつも嗅いじゃうんですよ。ぷうん、って、どこからか。あの、人形を神棚に置いていた時の、獣っぽい臭いが」

当時はそれが、ブードゥー人形ならではの異臭かと思っていた。しかし今となっては、こんな風に思ってしまう。

「あの臭いって、人形が出しているんじゃなくて、彼女こそが発生源なんじゃないのかなって……。動物園の檻からするのとソックリの獣臭」

それ、あの女の心から漂ってくる臭いなんじゃないですかね。

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