いさかい(愛知県名古屋市) | コワイハナシ47

いさかい(愛知県名古屋市)

最初から嫌な気配を感じてはいたのだ。

今からちょうど十年前。ムツミさんは恋人とともに、名古屋市郊外にあるラブホテルを訪れた。

しかし入ってみると、建物全体からなんだか薄暗くて古い空気が漂っている。

「なんか、ここちょっと不気味だね」

まあ、せっかく来たのだからと気持ちを切り替えて、フリータイムで入館。やはり薄暗い廊下を抜け、部屋へと足を踏み入れる。

その風呂場は摺りガラスになっており、外から透けて見えるという仕様。

「うわあ、なんじゃこりゃ~」などと笑いつつ、ムツミさんは浴室をチェックする。

「あ、ジェットバスついてるよ!」

彼氏に向かって振り向いたのだが、背後には誰もいない。今まさに、自分と一緒に「男」が浴室に入ってきた気配を感じていたのに。部屋に戻ると、彼氏はベッドの上に座っている。

「あれ?今、お風呂場、来たよね?」

「俺ずっとここにいたよ」

キョトンとした顔に、嘘をついている様子はない。

しかし、先ほどの気配は「男」だった。自分の他に恋人しかいないという先入観とは別に、確かに男性の影がちらりと見えたのだ。

気のせいではないと思いつつも、ムツミさんはさっと風呂をすます。

入れ替わりで彼氏もバスルームに入ったので、カラオケをしつつ待つことにした。

すると突然、ドタドタと足音を立てて彼氏が風呂から飛び出してきた。

「部屋、この部屋、変えてもらおう!」

ものすごい剣幕で、そうまくしたててくる。

「は?なに?」

「やっぱさ、変だよ、この部屋。あ、ほら!さっき変な気配感じたとか言ってたじゃん、だからよくないよ、うん」

俺がフロントに言うからさ、と熱弁する彼氏に反して、ムツミさんは冷静になっていった。人があまりに怖がっている様子を見ると、こちらは逆に冷めてくるものである。「別にいいでしょ、面倒くさいし」となだめたものの、彼氏は部屋中をあさりだす。

「なにしてんの?」

「御札とかあるかなってさ」

「あった?」

「ない……」

「ほら、ないじゃん、大丈夫だって~」

ドンッ!

その途端、壁が殴られたような音が響く。

「今の……さすがに聞こえたよね?」

「うん、隣の部屋の人がケンカでもしてるんかな?」

「いやでも、窓がついてるってことは、隣に部屋なんてないでしょ」

確かにそこは二重窓が設置されている。試しに手前の観音扉を開けてみたが、そこからは外の風景が広がっているだけ。

「ここ二階じゃん……じゃあさっきの、なに?」

「ん~、鳥が窓に当たった……とか?」

そう笑いつつ、ムツミさんも拳で壁を殴った時の音だと確信していた。

さすがにもう出よう……という提案にうなずき、二人して無言で服を着はじめる。

その静けさすら嫌な感じがしたため、ムツミさんはテレビの電源をつけた。映ったのは夕方のニュース番組で、街のグルメレポートを陽気に紹介している。

……今回ご紹介するのは、巷ちまたで話題のこのラーメン店……。

しかし少しして、ムツミさんのボタンをはめる手が止まった。

テレビの音声が、途中から不穏な様子に変わっていったのだ。

スピーカーから聞こえるのは、男と女がケンカをしているような罵声。二人とも、思わずそのやり取りに耳を傾ける。

「……ケンカしてる?」

「……俺にも聞こえる」

「テレビのスピーカーから、だよね?」

「うん、男と女」

「だよね……ふたりで揉めてる?」

くぐもった音で、言葉の内容はわからない。しかし男女二人が激しく怒鳴り続けているのは確かだ。荒々しい男の叫び、それに歯向かうような女の喚き声。画面はレポーターがラーメンをすする呑気な映像なのに、すさまじく暴力的なやり取りが響いている。

しばらく耳をそばだてていたが、彼氏がすっかり怯え出したため、テレビの電源を消す。すると、その奇妙な音声も聞こえなくなった。

急々とホテルを後にしたことは言うまでもない。

それから数日経って、思いつめた顔の彼氏が、こんな告白をしてきた。

「この間のラブホテルなんだけど……実は話していないことがある」

あの場で怖がらせるのも嫌だったし、俺自身が信じたくなかった。だけどもう一人では抱えていられないから、やっぱり話を聞いてほしい。

彼氏が一人で風呂に入っていた時だ。最初は特になにも感じなかったが、ジェットバスに身を沈めていると、突然、耳元で女の声がしたのだという。

「……でも君は、ベッドの方にいたでしょ?」

「うん……私じゃないね……」

「……」

「なんて言われたの?」

しばらくの沈黙の後、彼氏は重い口を開いた。

〝……やっと見つけた〟

ムツミさんからはホテル名もうかがった。すぐ近くの公園では昔、アベックが不良グループに襲われた有名な事件が起きている。女性が乱暴された上、アベック二人ともが殺害された凶悪事件だ。もちろん、この体験談との関連性は不明ではあるのだが。

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