キッズルーム(中部地方) | コワイハナシ47

キッズルーム(中部地方)

今年の八月、ユキさんは家族旅行にて、中部地方のとある大きなホテルに宿泊した。

夕飯が終わり、部屋に戻ってのんびりしつつ、時刻が二十時をまわった頃。アイスクリームが食べたい気分になったユキさんは、まだ寝る様子もない一歳の息子と妹とともに、本館の売店へと向かった。

しかし残念ながら売店の冷凍庫には魚しか入っていなかった。このまま別館の自室に戻るのも癪なので、もう少し本館を探検することにした。

ふと見れば、「キッズルームはこちら」の表示とともに、二階への案内が示されているのを発見。息子が喜ぶだろうと、矢印が指す方向へと向かう。するとまた「キッズルームはこちら」と、廊下を折れるよう指示される。

それが何回も続いた。あちこち貼られた紙に従い、本館の奥へ奥へと進まされる。最終的にたどり着いたのは、結婚式場で見かけるような大仰な扉だった。

「え、まさかこの部屋が?」

いぶかしみつつ、重い扉をゆっくり開ける。

広々とした室内には確かに、大きな積み木や数体のロディ、輪投げ、プラスチックの滑り台が設置されていた。ただ異様なのは、部屋一面に敷かれた真っ赤な高級絨毯。いわゆるレッドカーペットというやつだ。

その他、備品がしまってありそうな引き戸もいくつかあり、以前はこのホテル一番の宴会場だったのだろうと想像できた。チェックイン時やさきほど見かけた宴会場も、ここまで広くはなかった。

他に客の姿はなく、豪華な空間に広がる静寂が居心地悪い。

「おもちゃ、いっぱいあるねえ!」

わざとはしゃいでみせたユキさんは、ロディに乗った息子の写真を撮ったり、妹と輪投げ勝負をしてみたりした。ただ、その間ずっと、背中をぞわぞわとさせるような「嫌な視線」を感じていたという。少し離れたところから、誰かがじっとこちらを覗いているような、そんな気がしてならない。

早く退出したいのだが、息子はやけに楽しそうにしている。どうしようか迷っているうち、急に妹がすっくと立ち上がった。かと思うと、すたすた西側の引き戸へと歩いていくではないか。頑丈そうな戸に手をかけ、ガッ、ガッ、と体ごと使ってスライドさせる。その隙間から、しげしげ中を見つめだした。

「急にどうしたの?」「ん?なにが入ってるのかなーと思って」

「なにか入ってた?」「備品だけ」

「ふうん、でも怒られるから勝手に探るのやめときなよ」

ただでさえ怖い気分になっているのに余計なことをして……。

そんな本音を隠しつつ、妹をたしなめる。しかし向こうは「うん」と言いながらも、次は部屋の一番奥に向かい、北側の引き戸に手をかけだした。同じく体重をかけ、ガッ、ガッ、と難儀そうに戸をスライドさせていく。三十センチほど開いたところで手を止め、また奥を覗きこむ。こちらから、その背中がぴたりと固まるのが見える。そのまま一秒、二秒。

ガガガガッ!

いきなり、妹は全身で思い切り戸を閉めた。

そのとたん、ユキさんは、さっきまで離れていた「嫌な視線」が、すぐそばに寄ってきたのを感じた。見つめられている圧力が、近い上に、ものすごく強い。

とっさに息子を抱きかかえると、「もう戻るよ!」と強い口調で言い放つ。妹も慌ててこちらへ駆け寄ってくる。二人で力いっぱい重厚な扉を開き、赤絨毯のキッズルームを後にした。振り返ることは、とてもできなかった。

「あの奥の引き戸になにかいたんだよね?だからすぐに閉めたんだよね?」

部屋に戻ってから何度か問い詰めたが、「いや、いい。やめとこ」と返事するだけで、妹はなにも教えてくれなかったという。

しかし翌日の帰宅後、旅行で撮った写真をスマホで確認しあっていた時だ。画面をスクロールしていた妹の指がピタリと止まった。

「なに、これ」

撮った覚えのない黒一色の画像が、昨日の二十時半の日付で保存されている。妹のカメラ設定は、撮影したら必ず「保存する」マークを押さなければ保存ができない仕組みになっている。

「私、こんなの記憶にないんだけど……」妹は顔をしかめながら、謎の黒い画像をすぐに消去してしまった。

「やっぱりあの部屋、変だったよね」怯えたユキさんがしつこく尋ねると、ようやく妹は重い口を開いてくれた。

彼女もまた、赤絨毯のキッズルームに入った瞬間から嫌な気がしていたこと。ずっと誰かの視線を感じていたこと。だから引き戸を開けて、視線の原因を探ってみようとしたこと。そして二番目の引き戸の向こうで、なにを見たのかも。

中にいたのは、全体にモヤがかかった、輪郭の不鮮明な人影だった。

しかしそれが男で、両膝をつき、訴えかけるように片手をあげているのは見て取れた。

もう一つ。両目をかっと見開いた男の、食らいつかんばかりの視線も、はっきり感じたのだという。

──ホテルの名前はユキさんからうかがっているが、もちろんここでは伏せておく。ただし色々と調べたところ、キッズルームは二〇一八年に入ってからのオープンだった。それまで同室は、空き部屋のまま放置されていたのだと思われる。

当該ホテルは、もともと別施設だったのだが、近年になって経営が引き継がれたものである。旧施設が閉業する少し前、その宴会場に向かうはずだった一人の男性が、いつまでも現れないという不測の事態が起こった。

男性は前夜、自殺していたのだ。

地元の大きなトラブルに巻き込まれ、夜中の雑木林という「暗闇の中」で首を吊ったのである。妹のスマホに保存されていた、黒一色の画像のような空間で。

自殺の背景には、様々な利権や政治の問題が絡んでいるようだ。

さすがにデリケートすぎる話のため、もし興味ある方がいれば、私に直接会う機会などに質問していただきたい。

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