野村の話(千葉県木更津市) | コワイハナシ47

野村の話(千葉県木更津市)

私宛てに、Yという男性から一通のメールが届いた。

メールフォームからの投稿であり、差出人のアドレスは記されていない。たいへん長い文面のため、あちこち省略させてもらうが、情報についてはできるだけ正確に残しつつリライトさせていただく。

この話はまず、十五年前の奇妙な出会いから始まる。

大手出版社に勤めていたYさんは、取材を終えた帰り道、深夜の海ほたるパーキングエリアで遅い夕食をとっていた。広いレストランには彼独りぼっちで、あまりの寂しさにさっさと食事を終えたところで、すれ違いに七人の青年のグループが入ってきた。

ガヤガヤと楽しそうな彼らをしり目に、駐車場へ向かおうとしたYさん。するとその背中へ、「Y?」という声がかけられた。

振り向くと、青年グループの一人がこちらを見て佇んでいる。そして立てた親指で自分の胸を指し、「野村」と告げた。よく思い出せないが、おそらく昔の友人だろう。

「おお、久しぶりじゃん」

その場は適当な挨拶を返し、二言三言交わしてから、Yさんは車へ戻った。

野村、野村……誰だったかなあ。車中でもどかしく頭をひねっていると、突然、ある記憶が濁流のように押し寄せてきた。

野村……あいつだ!あの顔、あの声、間違いない。

でも、どうして?

話はさらに十年ほどさかのぼる。

当時、彼は鎌倉市内、江ノ電沿いの風光明媚な場所にたつ高校へ通っていた。

驚くほど海に近い学校で、マリンスポーツに興じる生徒も多い。稲村にも七里にも由比にも歩ける距離だったので、体育館裏にサーフボードを常備するものまでおり、Yさんもその一人だった。

夏休みの近づく、ある土曜日。期末試験直前だったが、Yさんは早朝少しだけ波に乗っておこうと思い、夜明け前の学校へ向かった。

当時は二十四時間解放されていた正門から入り、ボード置き場である体育館裏に急ぐ。誰もいないので、その場でウェットスーツに着替え、ボードを抱えようとしたところ、あることに気がついた。

見覚えのあるボードが一つ足りない。野村という友人のボードだった。先を越された……となぜか無性に悔しくなって海に向かうと、そこにはすでに二十人以上のサーファーが波間を漂っている。

ここまでごったがえしてるとやる気をなくす。仕方なく由比ヶ浜方面へぶらぶらと辿ったが、絶好の波日和だったため、どこも混み合っている。興をそがれたYさんは早々に引き上げ、ボードを体育館裏まで持ち帰った。

それでもまだ、野村のボードは戻っていない。あんな人だらけの海でよくやるわ……そう思いつつ振り向くと、すぐ隣にある校舎の三階で、窓が一つ開いている。

そこに野村が立って、海の方を見つめているではないか。

「野村!ボードどうした?」

Yさんが叫んだ。野村はこちらに視線を落とし、中指を立てるいつものポーズで挨拶をすると、そのまま階段の方へ走っていった。そのまま降りて、こちらに駆け寄ってくるものと待っていたが、野村は一向に現れなかった。いつまでも、いつまでも。

野村が今朝から家に帰っていないと知ったのは、その夜のことだった。同じサーフィン仲間から電話があり「そっちに遊びに行ってないか?」と聞かれた。すぐにピンときた。野村は死んだのだな、と。

高校生とはいえ、海の恐ろしさは知っているつもりだった。ボードがなかった以上、野村が海に出たのは間違いない。この時間まで戻らないとすれば、それはそういうことなのだ。

「こっちには来てないよ」

Yさんは今朝の出来事はいっさい語らず、それだけを伝えた。

野村の両親は、彼が海に行ったと気づいておらず、家出をしたか、友達の家に押しかけたと思い込んでいた。

月曜日になって野村のボードがないことが知れ渡り、ようやく海で行方不明になったのだと皆が思いはじめた。警察から質問されたYさんは「金曜の放課後に別れたのが最後です」と伝えた。海での捜索も行われたが、野村の遺体が上がることはなかった。

友人や警察に、あの土曜朝の出来事を隠していたことを、後悔してはいないという。

「私はあの朝、野村の姿を見たのです。あの時の彼は、間違いなくすでに死んでいたのです。本当のことを言ったところで、彼を助けることはできなかったでしょう」

それから十年が経ち、Yさんの前に彼が現れた理由。それは今でもわからない。

海ほたるで会った野村の顔に、怒りや悲しみはなく、どうしてすぐに自分を捜してくれなかったのか……そう訴えているようにも見えなかった。

「私がこの話をお送りした理由は、あの時、あることに気づいたからなのです」とYさんは語る。

海ほたるで話しかけてきた男は、確かに記憶に残る野村としっかり一致する。しかし、彼は明らかに歳をとっていた。大人びた十代後半の少年と、童顔の二十代後半の青年とは、ともすれば見た目に差が無い場合もあるかもしれない。

しかし、ひげの濃さ、皺の数、立ち姿や挙動……はっきりと言葉にできない、無数の空気感の違いがあった。海ほたるの野村には、もう少年らしさは無く、自分よりも少し垢抜けた、立派な好青年の雰囲気が漂っていた。

「霊も歳をとるのかどうか……。その疑問について、私の体験がなにかしらのヒントになれば幸いです」

メールの末尾は、そう結ばれていた。

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