視野(長野県) | コワイハナシ47

視野(長野県)

溶接工は遮光ガラスをかけて紫外線から目を守っている。

ガラスにも種類があるそうで、番号が大きくなればなるほど遮光度が高い。一般人になじみあるのは皆既日食を見るためのものだろうが、それが七~八番。鉄骨の溶接は電圧が高いため十一~十二番が適切なのだという。

少し前、溶接工のヤスオさんは作業中に何度か、目の不調を覚えるようになった。全体がボヤけるというより、黒い枠によって視野が限定されてしまう感じ。たいてい深夜の残業時に起こるので、仕事の疲れによるものだろうか。

症状が一か月近く続いたので、眼科の検診を受けてみた。医師の診断は「視野狭窄症ではありません。心配なら脳の方を調べてみては?」といったもの。

不安ではあったが、視界が狭まるのは溶接中のふとしたタイミングだけ。日常生活にはまったく支障なかったため、つい病院に行きそびれてしまっていた。

その夜は、たいへん仕事がたてこんでいた。ヤスオさんは工場に一人残り、今日中に終わらせねばならないノルマをこなしていく。

そうした忙しさの中である。急に、目の前が真っ暗になってしまった。今回は視野が狭くなるどころではなく、なに一つ見えなくなったのだ。

あ、やばい。

慌てて溶接面を開くと、いつも通りの作業場の光景が目に入った。自分の身体の問題ではなさそうだ。ということは、ガラスの番号を下げた方がいいのかな。

八番のガラスに落としてみた。現場溶接や電圧の低いもの(薄いガラスでないと見えないもの)に使うタイプだ。網膜や角膜には悪いが、まったく見えないのでは仕事にならない。面をかぶって作業再開しようとしたのだが。

やはりガラスの向こうが閉ざされている。見えるのは黒一色の世界だけ。

これは本格的にやばいな。もしかしたら面の方に不備があって、光を全部遮断しているのか?

ヤスオさんは試しに、面をかぶったまま天井を見上げてみた。そこには照明があり、本当なら電灯の形くらいは映るはずだ。

くいっと頭を上げる。やはりよく見えない。よく見えないのだが、電灯らしき光がチラチラと、いくつもの細長く黒い枠ごしにうかがえる。

この瞬間、「見えない理由」がやっとわかった。

女の指だ。細い四本の指のシルエットが、面を上から覆っている。

昔のドラマで「だ~れだ」と女性が男にやるシーンのように、自分の背後から、誰かが両手で目隠ししている。

慌てて面を上げ、振り向いた。誰もいない。人の気配のない作業場は、ただただ静まり返っている。

ヤスオさんはそのまま工場の神棚へと走った。そこからお神酒みきをかっぱらい、自分の作業スペースに撒き散らした後、残りをぐびぐびと飲みほした。

それ以降、視野が狭くなることはなくなった。

今から考えると、目線が遮られたのは疲れている時というよりも、深夜の時間帯、かつ工場に三人以下しかいないタイミングだけだった。

その工場で過去に事故が起こった、人死にが出たとは聞いていないので、なぜあのようなことが起こったかの原因は不明だという。

カンジさんは長野県在住の会社員で、毎日車で通勤している。

数年前、その路上にて、たびたび気絶するという事態に見舞われてしまった。

ハンドルを握っていると、急に目薬をさした様に瞳がにじむ。そして視界が真っ赤に染まり意識が無くなるというものだった。赤くなるところまでは覚えているものの、いつも後ろの車にクラクションを鳴らされて目を覚ますのだという。

幸い、いずれも信号待ちで停車中に起こったので事故にはなっていない。それでも危険極まりない状況である。三回目の症状が出たところで会社を休み、病院に行くことにした。

CTスキャンの結果は異常なし。睡眠不足と疲れからくるものだろうとの診断だった。

その日からカンジさんも生活習慣を改め、睡眠を多くとるようにした。それでもやはり症状は治まらない。その後もまた、運転中に「目の前が真っ赤になり気絶」してしまったのである。

いくら病院で調べても異常なし。土地柄、電車通勤にする訳にもいかない。ほとほと困りはてたカンジさんは、そこでふとあることに気づく。

この現象はすべて、同じ交差点の同じ信号で起こっている。そこが赤信号で停車した時にだけいつも、あの「真っ赤」に襲われていたのだ。

不思議に思いつつも、カンジさんは通勤路を変えてみた。するとその途端、症状はまったく起こらなくなったのである。

そんなことをすっかり忘れていたある日。ふとした話の流れで、友人と事故物件についての情報を共有することとなる。

そこで、近所のマンションにて飛び降り自殺があったことが判明した。

そのマンションは、いつもカンジさんが意識を失っていた、あの信号の真横に位置している。自殺騒ぎがあったのも、症状に悩まされるようになる直前であった。

気味悪くなったカンジさんは、以降、その交差点には仕事でもプライベートでもいっさい近寄らないようにしている。

高層階から地面に直撃した人間は、死ぬ間際になにを見ているのか。その視界は、全身からはじけた血だまりで真っ赤に染まっているのではないか。もしそうだとしたら、自分が見た光景と、あまりにも似通っている。

ちょうど長野に取材があったので、私もその現場を訪ねてみた。ひっきりなしに車が行きかい、大型店舗が角々にたつ交差点はあまりにも賑やかで、奇怪な空気はつゆほども感じられない。

ただ一つ、諏訪大社の参道を突っ切るような形でマンションが建てられていたことが気にはなった。神社のご神体への道をふさぐのは、あまり良くないことだと言う人もいる。ましてや諏訪大社のような、古の神が祀られているようなところとなると……。もちろん、それが今回の件と関係あるかどうかはわからない。

シェアする

フォローする