変な虫(三重県津市) | コワイハナシ47

変な虫(三重県津市)

なぜあの時、道を間違えたのかがわからない。

二〇一七年六月、ウキエさんは息子夫婦と孫と四人で、三重県津市にて藤の花の名所を観光してきた。

そこから四日市への帰路は、何十年も地元に住むウキエさんにとって、さんざん通いなれた道のはずだった。ハンドルを握る嫁に向かい、「あそこを右折して、あの交差点を左折して」と案内していく。

しかし奇妙なことに、その全てが反対方向を示していたのだ。

いつの間にか、鈴鹿サーキット裏手を抜ける小高い山道を走っていた。

何十回と走っているルートなのに、どうして今日だけ間違えたのか。とはいえ大通りに出さえすれば問題ない。そこから国道へと抜ける方向を指示していく。

すでに夜道は暗く沈んでおり、車内を反射したフロントガラスには、さきほどから孫の顔が映り込んでいる。

……あれ?

少しして、ウキエさんの中に違和感が走った。うっすら見えるその顔が、どうも孫とは違うように思えたのだ。四歳ほどの小さな男の子という点では共通しているが、孫の髪は天然パーマなのに、ガラスに映っている頭は、おかっぱのような髪型をしている。

また、反射しているのなら外の明暗によって映り具合の強弱があるはず。しかし真っ暗だろうと街灯の下を通ろうと、顔の見え方はいっさい変わらない。まるでフロントガラスの向こう側に、顔だけがへばりついているような……。

運転席の嫁にそのことを告げようか迷ったが、やめておいた。彼女はかなり現実主義で、心霊の類を匂わせるだけでも嫌がるタイプだったからだ。

無事に大通りに出たところで、ガラスの顔は消えた。ウキエさんもほっと胸をなでおろした。

そのままウキエさんは自宅に送り届けてもらい、息子夫婦と孫は自分たちの家へと帰っていった。

ここからは、ウキエさんの嫁へと視点が移る。

帰宅した嫁が部屋を片付けていると、「変な虫」を発見したのだという。

どのように「変」だったかは、ウキエさんも口伝えに聞いただけなので詳細はわからない。ハンミョウに近くはあったが、嫁が生まれてから一度も見たことのない色形をしていたらしいのだ。

家は平野の都市部にあり、山から虫が来るような環境ではない。

気味悪く思った嫁は、すぐにその虫を殺し、ティッシュに包んだ。

すると次の瞬間、隣の部屋から悲鳴がとどろいた。彼女の息子、つまりウキエさんの孫の叫び声である。

「虫がいる!虫がいっぱいいる!」

慌てて駆け寄ると、子どもはパニックを起こして泣きわめいていた。椅子の上で足をばたつかせ、体から必死になにかを払い落とそうとしている。しかし嫁の目には、その手はただ空を切っているようにしか見えなかった。

「虫がたくさん!たくさん虫がのぼってくるよお!」

そう言い続けながら、いっこうに泣き止まない。なだめるため抱こうとしても、かたくなにイスから離れようともしない。

「じゃあ、お風呂に行って虫を流そうね」

いったん話を合わせて、なんとか浴室に連れていき、シャワーを浴びせた。しかし、いくら湯を流そうと、子どもは執拗に自らの体を叩くことを止めない。

なにをどうしようと、無数の見えない虫は、彼の体をはい上り続けるようだった。

三十分以上もそんな状態が続くうち、息子は泣き疲れて眠ってしまった。

こちらもヘトヘトだが、とにかく嫁も風呂にだけは入っておいた。入浴後、洗面所で髪を乾かしていた時である。

ふと、鏡の中に小さな影が映った。小さい男の子が、自分のすぐ後ろをさっと走り抜けていったのだ。

息子が起きたのか?そう思って振り返ったが、そこには誰の姿もない。寝室に行くと、息子はすやすやと寝息をたてている。確かにさきほどの影は、この子くらいの背丈だったのに。ただよくよく思い返せば、ちらりと見えた頭の髪は、息子と違っていたかもしれない。もっと長くサラサラで、おかっぱのような……。

これら一連の出来事に、さすがに怖ろしくなった嫁は、ウキエさんの元へ電話をかけた。

以上のエピソードは、この時に聞き及んだのだった。

もちろんウキエさんの心中には、フロントガラスに映ったおかっぱ頭の子が思い起こされていた。あの子が家までついていったのかもしれない。そう思いはしたが、だからといって自分に何ができる訳でもない。いたずらに怯えさせない方が得策だろう。

「……塩でもふったら?」

嫁に対して、そんな言葉を返すのが精一杯だった。

幸い、その日以降、孫が虫について言及することはなくなった。

ただし嫁の証言によれば、息子夫婦の家における「小さい男の子」の気配は、どんどんと強くなっているようだ。

洗面所の鏡で見たのと同じような小さい人影を、家中で見かけてしまう。嫁や孫がトイレに入っていると、鍵がひとりでにカチャリと閉まる。真夜中に玄関チャイムが鳴り、出てみると誰もいない。

これらの事象は一度や二度ではなく、繰り返し現在まで起こり続けている。

「こうした場合、どう対処させればいいのでしょう?おかっぱの男の子は何者なんですか?子どもと〝変な虫〟が関係する話って、他にもたくさんあるのでしょうか?」

ウキエさんは、私に様々な相談をぶつけてきた。しかし怪談というジャンルにおいて、私はなにかを祓う力を持った霊能者ではなく、ただの聞き役に過ぎない。

「直接的な被害がないのなら、とりあえず様子見すればいいのでは」

ウキエさんと同じように、適当なアドバイスでお茶を濁すしかないのだ。

ともあれ、息子夫婦たちは二〇一九年二月には家を引っ越すと決めたようだ。

それが根本的な解決となり、「おかっぱ頭の男の子」も「変な虫」も、出てこなくなればよいのだが。

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