天狗の森 八坂神社(石川県金沢市) | コワイハナシ47

天狗の森 八坂神社(石川県金沢市)

周囲に高い建物はいっさいなく、水田ばかりが続いている。広々と見晴らしのよい風景の中で一点、こんもり茂ったその森は、確かに印象的ではあった。

石川県・金沢の市街地から車で十数分。郊外にたたずむ八坂神社の鎮守の杜は、地元民から通称「天狗の森」なる心霊スポットとしておそれられている。近くには「血の川」「牛殺し川」という物騒なネーミングの川(これでも正式名称だ)も流れており、おどろおどろしいイメージに拍車をかけている。

私は少し前、知人からこのスポットにまつわる体験談を聞かされていたため、金沢取材のついでに立ち寄ってみたのだ。

足を踏み入れてみると、社殿や敷地は古臭くも感じないし、荒廃している様子もない。どうやら無人の社とはいえ、定期的な掃除・管理が入っているようだ。しかし鬱蒼たるタブノキに陽が遮られて昼なお暗く、なんだか異界めいた雰囲気もまた漂っている。

「天狗の森」の名称通り、天狗にまつわる怪異譚が多いのかというと、実はそうでもない。いちおう「この森は天狗が一夜でつくったもの」「いまだ天狗が住んでいる」との噂もあるらしいが、当地での実体験談をインターネットで探しても、天狗が関わる例はほぼ見かけない。代わりに頻繁に出てくるのは「女の気配がした」という報告だ。

その代表例を一つ。

数年前、金沢市にある塗料会社の公式ホームページにて、営業マンK氏が次々と実話怪談を発表しているのがネットで話題となった。そこでは天狗の森についても触れており、天狗よりむしろ「女の幽霊の目撃談も後を絶たない」(同HPより)ことに着目している。

K氏自身、この森にて怪異体験をしているそうだ。小さな森にもかかわらず、入ったとたん周囲の音が聞こえなくなり、行けども行けども暗く細い道が続いている(もちろん境内はそこまで広くなく、森に入ればすぐ社殿が見える程度だ)。その間ずっと、おぞましい視線を感じ、突如かかってきた携帯電話から「うふふ」「出して」という女の声が聞こえてしまい……。

実際のレポートは二〇一八年末現在も更新中の「細田塗料株式会社」HPを読んでいただきたい。

私が地元民のハヅキさんから聞いた話にも、どこか似通った匂いを感じる。

彼女も最近、金沢市民たちにささやかれる「天狗の森」の噂を聞き及び、興味本位で訪れてみたという。

「天狗が出る・声が聞こえる・絶対行ってはいけない……という情報が流れてくるので、面白そうだな、と……」

女性一人という危険を鑑み、休日昼間の明るい時間を選んだ。とはいえそれも杞憂に思えるほど現地の景色はのどかで、遠目には「トトロが出そうな森だなあ」などと思ってしまった。

しかし神社に近づくにつれ彼女もまた、私やK氏が覚えたような独特の気配を感じたという。

鳥居に差し掛かると、その手前に参道を塞ぐような錆びたチェーンがかかっている。少しためらったものの、端の方からすり抜けて鳥居をくぐり中へ。

森は、田んぼの真ん中にあるとは思えないほど茂っている。聞こえるのは自分の足音と、たまに吹く風で起きる葉ずれくらい。表では畑仕事の軽トラックが行きかっていたはずなのに、立ち止まれば、耳鳴りがしそうなほどの静けさ。

(これは確かに、なにか出るかもしれない)

しかし蜘蛛の巣を払いのけながらたどり着いた社殿は、真新しいアルミサッシが入っており、噂のような廃墟らしさは感じられない。先述通り、管理された境内は清潔そのものなのだ。

「結局、声も天狗も、なにも出ませんでした」

辺りを散策した後、参拝を済ませて神社を後にした。

普通の神社だったなあ、そういえば写真撮らんかった……などと思いつつ、路駐した車に乗ってエンジンをかけ、ハンドルを握ろうとした自分の手が目に入る。

その指に、長く真っ黒い髪の毛が二本、しっかり絡みついてた。

ハヅキさんは髪を少し染めているし、これほどの長髪でもない。黒々とした光沢と、指を絞めつけるしなやかな質感から、人間の毛髪であることがはっきり伝わる。

(いつの間に、なんで!?)

必死にほどこうとしたが、手汗で余計に髪の毛が絡まり、外すのに難儀したという。

「その後も特に悪いことはなかったですが……まとわりついた髪の毛の感触はなかなか手から薄れませんでした」

これらの話を思い出しつつ、私も境内を歩き回ってみた。

すると北側部分に、また別の鳥居と小さな参道を発見した。鳥居には「木船神社」とある。珍しい形態だが、この神社では一つの社殿に、わざわざ別ルートの参道をもうけているのだ。「木船神社」とは、明らかに京都の貴船神社から勧進されたものだろう。

八坂神社=スサノオ=牛頭天王と貴船明神をセットで祀るのは、全国に散見されることではある。しかし当スポットにおいては、また別の興味がわいてくる。

もしかしたら、と私は思った。天狗の森において、天狗よりもやたらと「女」がクローズアップされるのは、ここに鍵があるのではないか。

貴船神社といえば、丑の刻参りの本場として有名だ。

あるいは深夜、肝試しにきた若者が感じた「女の気配」「女の笑い声」とは、丑の刻参りにやってきた生身の女性だったのではないか?

あるいはK氏やハヅキさんが出くわした「女にまつわる怪異」は、この地にうずまく女たちの呪詛や怨念によるものだったのではないか?

我ながら、それなりに説得力がある推理ではないかと思うのだが……。

ではなぜ「天狗の森」などという名称が付けられたのかについては、私の別著書『禁足地巡礼』にて詳しく考察しているので、そちらを参照いただければ幸いである。

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